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2014年5月17日 (土)

「那覇」表記の起源

沖縄県の県庁所在地の那覇市。王国時代には沖縄随一の交易港として栄えました。この「那覇」という地名、一説では漁場を表わす「なば」からきてるとも、また那覇の浮島にあったキノコ状の形をした石灰岩(ナバ=奈波)からきているとも言われています。

それでは、「なは」という地名に「那覇」の漢字があてられるようになったのはいつ頃のことでしょうか。確認できるかぎりでは、1521年の三司官から種子島時堯へ宛てた書状(『旧記雑録』)。「那覇之奉行」という文言で登場します。

1542年の大内氏奉行人・相良武任の書状には「奈波」とあり(「中川家文書」)、この頃は表記が定まっていなかったようです。

1559年には「那覇主部(なはぬしべ)」から島津氏の老中あてに書状が送られていますが、ここでは「那覇」と表記されています。どうやら16世紀後半から「那覇」表記が一般的になったようです。

書状では琉球側から「那覇」と表記し、本土側からは「奈波」とあることから、あるいは琉球自身では16世紀前半の時点ですでに「那覇」表記が固まっていたのに対し、日本側では適当な漢字をあてていたのかもしれません。

なお1615年に那覇港を訪れたウィリアム・アダムスは日記のなかで那覇のことを「nafa(ナファ)」と呼んでいます。琉球語読みの「ナーファ」は、400年前にはすでに定着していたことがわかります。

参考文献:山下重一「三浦按針(ウィリアム・アダムス)の琉球航海記」(『南島史学』47号)

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コメント

 福建省出身の知人の発音は、「ナーバ・ナーパ」に近い音ですね。
 1521年当時も同じとは言えないかもしれませんが、「那覇」が中国語だとすれば「ナバ」説は説得力ありだと思います。
 これが意味的に「漁場」ではないとしても、少なくとも「バ」は「場」でいいように思いますね。

 故外間守善先生の説を参考にすれば「ナ」もまた一定のエリヤを表しますから、これが語源じゃないでしょうか?「場」は後からくっついたんじゃないかと。。。

投稿: 琉球松 | 2014年5月17日 (土) 11:28

>琉球松さん

地名の語源については「これが答えだ!」と確定するのは非常に難しいですね。

とりあえず僕が言えるのは歴史史料から表記の歴史を示すことだけかもしれません。

投稿: とらひこ | 2014年5月20日 (火) 21:47

 確かに永遠に答えは出ないかもですね。

 文献資料はだいたい出尽くしているようですし、あとは中国や李氏朝鮮側の文献に期待でしょうか?

 ところで、鑑真が立ち寄った頃?の記録に「阿児奈波」がありますが、これが沖縄島でないとしても「奈波」との共通の表記が気になります。
 推測するに、「ナバ・ナパ」などの一般地名の頭につく「与那覇・我那覇・品覇」などを参考にできるとすれば、「那覇」はもともと「○ナハ」とかで「○」の部分が脱落したとも考えられるでしょうか。

 地名の解読もまたワクワク感いっぱいで、寝れない夜もあります(笑)。

投稿: 琉球松 | 2014年5月21日 (水) 08:56

>なお1615年に那覇港を訪れたウィリアム・アダムスは日記のなかで那覇のことを「nafa(ナファ)」と呼んでいます。琉球語読みの「ナーファ」は、400年前にはすでに定着していたことがわかります。

400年前くらいだと、本土の日本語でもまだハ行音は「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」で発音していたようですよ。
『日葡辞書』などの宣教師たちが残した文献で fa fi fu fe fo と書かれています。
その後本土ではごく一部の地域を除いて全てH音に変わってしまいましたが、沖縄にはF音が残ったようですね。

投稿: 通りすがり | 2014年5月22日 (木) 03:45

 『P音考』からすると「napa」の可能性もあるでしょうけど、どうも「fa」の時代?についた地名と考えたほうがいいかもしれませんね。「奈波・那覇」にしてみれば「P」は過去のものでしょうか。

 しかし「ナハ・ナファ」だけで語義語源を探るのは得策ではないでしょうから、やはり「○ナハ・○ナワ」に頼るほかないように思います。
 そうすると「沖縄」さえも「沖那覇」かもしれませんし、うるま市「安慶名」は『おもろさうし』では「あけなわ」となっていて、さらに龍郷町「秋名」さえ「あきなは・あきなわ」と呼ばれていたと聞きます。

 で、「ナハ・ナワ」は、なんとなく「中心(ナカ)」的な地名じゃないかなーなんて考えてみました。

投稿: 琉球松 | 2014年5月22日 (木) 22:53

>通りすがりさん、琉球松さん
伊波普猷の「P音考」というやつですね。
『日葡辞書』、何度かめくったことがありますがオモシロイですね。言葉のタイムカプセルと言ってもいいかもしれません。

投稿: とらひこ | 2014年6月 4日 (水) 17:59

こんにちは

八重山では本島のことをナハと言いますが、意味は中(なは)で真ん中と聞かされて育ちました。

八重山から見れば、沖縄本島もそこにある那覇も区別する必要は乏しいから、どちらもナハで問題有りません。

しかし、沖縄本島をナハと呼ぶのは間違いでしょうね。
すると、沖縄本島という日本人が付けたようなのは島の名前としては違和感が有ります。
やっぱり、沖縄本島をこっそりナハと呼んで良いかな。

投稿: まはい | 2014年8月14日 (木) 14:02

>まはいさん

八重山ではナハにはそういう意味があるんですね。

名前から当時のヒトの意識や地域空間の捉え方などがわかる事例はありますから、そうした視点から考えてみるのもオモシロイかもしれません。

投稿: とらひこ | 2014年8月22日 (金) 21:44

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