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2013年4月25日 (木)

久高島の「異種の民」

沖縄島南部の知念半島の先に浮かぶ久高島。近年では「神の島」として広く知られるようになりました。スピリチュアル・ブームに乗って、多数の観光客がこの島を訪れています。

この島には沖縄のほとんどで消えかけた古来の祭祀組織が温存されていて、島の女性は一定の年齢になると神女組織へと編入されます。12年に1度行われる就任式にあたるイザイホーの儀式は過疎化により現在途切れていますが、それでも1年のうち約30回もの祭祀があります。島には琉球の創世神話で神が降臨したという聖地のフボウ御嶽があり、沖縄のなかでも特別に格式の高い聖地です。

神秘的な雰囲気ただようこの島には、ある不可思議な事実が存在します。琉球王国の正史『球陽』には、次のように記されています(これは2010年に僕が監修したFEC文化事業部「首里城ミステリーツアー」で「炙りの煩い」とともに取り上げました。【こちら】に体験記)。

久高島、代々「異種」の人を生ず
太古より、知念間切の久高島には「異種の民」がいた。うまれつき性格は素直で、普通の人より賢く、よく仕事をした。暮らしむきはとても裕福で、現在、その種族は7、8名いる。彼らは皆、膝からくるぶしにかけてとても細く、かかとがない。足の甲は短くて足の指は長く、そのかたちは手のひらのようになって、地に立つ。
(『球陽』巻14、尚敬王31年)

驚くべき内容です。久高島に「異種の民」が存在したというのです。この「異種の民」は、目や肌の色が違うなど民族や人種が違うということではありません。身体的特徴そのものが、通常の人間ときわめて異なっているということです。膝より下は通常の人間よりも細く、かかとがなく、足はまるで手のひらのようで、指が異様に長かったといいます。彼らはいったい何者なのでしょうか。

考えられるのは、「異種の民」が突然変異で生まれた人々であった可能性です。しかし、個人個人でまったく同じ特徴を持つ突然変異が集団として維持され、何世代も変わらずに続いていくものなのでしょうか。また、実際に世界のなかでこうした突然変異の事例はあるのでしょうか。

注目すべきは、これが伝承や噂のレベルではなく、王国の正史に記載される「事実」であったことです。しかも見間違いの報告などの事実誤認や伝聞でもなく、王府は1743年の時点で「異種の民」を実際に確認しており、その数を7、8名と数えているのです。つまり、この事実は否定しようもない真実であったことになります。

彼らは他の島民とひとまず「異種」として区別されているものの、同じ島でともに暮らしています。とくに神聖視されてたり恐れられている様子もなく、むしろ働き者として肯定的に評価されているのが興味深い点です。

僕がもう一つ気になるのは、久高島が神聖な「神の島」とされていた事実です。創世神話によると、創世神アマミキヨが天上より降臨し、最初に沖縄に作った7つの御嶽のひとつが、この久高島にあるのです。さらに久高島は神女組織の頂点に立つ聞得大君や国王が定期的に久高島に訪れ、麦の初穂儀礼を行う特別な場所でした。

「神が降りた島」と「異種の民」との間にはどのような関連があったのか不明ですが、「なぜ久高島が神聖視されるのか」の一つの要因として、もしかしたら「異種の民」が存在したことがあったのかもしれません。

彼ら「異種の民」はその後どうなったのでしょうか。18世紀の時点で7、8名ときわめて少数だったので、おそらく途絶えてしまったことでしょう。『球陽』以外には彼らのことを記録した書物は一切ありません。現在残る久高島の祭祀や伝承のなかにおいて、彼らのことを記憶しているものはあるかどうか、僕の知るかぎりでは確認できていません。

つまり、信じるも信じないもあなた次第ということです…

参考文献:『球陽』

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2013年4月22日 (月)

巨大カタツムリ飼育ブーム(2)

◆食用蝸牛受難記(二)崎浜門川 (「琉球新報」1939年〔昭和14〕6月18日)

今年は遅れて5月に種を蒔き、成育不良のやつは適当に間引をして5本立てておいた。いずれも3、4尺の甲乙のない生育ぶりで、てっぺんは青く柔らかく大地のエネルギーを一身に掻き集めて宇宙無限に伸び行く構えをしている。

昨日のこと、いつもの通り朝早く起きて鑓水(やりみず)にかかろうとすると、5本の中1本はなくなっている。断面からして刈り取ってもちぎってもない、のからしてこれはてっきりかたつむりの仕業に違いないと思った。と言うのはこいつの一番の好物はヘチマだと聞いていたからである。案の定、夜の9時頃、懐中電灯で調査したら茎にしがみついている。■から2匹タンクのようにのぞくヘチマ目がけて■■してくるのと3匹狩り集めた。

おかげで飼育箱は一躍5匹の大家族で賑わっているが、この調子では夜懐中電灯を持って狩りに出れば家の周りの木の下にはウヨウヨしていることだし、ヘチマもバリケードを造って防護せねばならんとそれからはなんだか嫌気がさして、どうしたらこの害虫を処分するかと弱ってしまった。放り捨てると害虫を野原に散布することになり、さりとて踏みつぶすこともしのびない。隣の子供に「もらえ」とすすめると「いらない」と頭を横に振る。

(おわり)

※こうしてアフリカマイマイは沖縄中に広がることに…

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2013年4月 6日 (土)

巨大カタツムリ飼育ブーム(1)

アフリカマイマイは沖縄でおなじみの生物です。その特徴は巨大であること。外来生物で現在、沖縄で繁殖し農作物を荒らすことから害虫となっています。このアフリカマイマイ、戦前に移入されたことは知られていますが、より具体的な当時の状況を知ることのできる戦前の新聞記事がありましたので、それをご紹介します。なお旧字体や読みを現代の文章に改めてあります。

**********

◆食用蝸牛受難記(上)崎浜門川 (「琉球新報」1939年〔昭和14〕6月17日)

食用かたつむりが本県に流行り出したのは昭和9年(1934)ころだったと思う。当時、県の某技手が台湾から持って来たとかでその繁殖力の旺盛さと飼育法の軽便さを宣伝し、商売気の早いある農園主は早速孵化したばかりのものを、1匹50銭宛にて売ると大げさに宣伝し始めた。その宣伝は覿面(てきめん)に利き、あたかも低金利時代の勧業債券のごとく、買い手は門前市をなす盛観だった。

どの家に行っても軒下には素麺箱かビール箱の片方の面に金網張りの飼育箱があり、雨天には昼間でも砂からのこのこ這(は)いて網目に横ばいになって触覚を外につき出して、狭い箱の生活苦を訴えているのが見受けられた。永年離島苦をかこつ我々に、なにか生活の足しになればと言う気を手伝ってか脚光をあびて登場した時代の寵児は、子供にまでもてはやされ、私も子供にせがまれて知人から2匹もらい受けて飼っておいた。

飼育法は至って簡単で西瓜の皮、菜葉等が好物らしく、台所の不要物で充分だから子供に持ち切らすことによって悪い道遊びもなくなり、他聞動物愛護の気も養うことになると考え子供に一任した。時には隣の友達がやってきて箱の中に四方から頭をつっこんではしゃぐ。「うちんのはもっと太いよ」「ぼくんとこは昨日たくさんの卵を産んじゃった」とここでも宣伝戦が始まる。「うちんのも、やがて子供ができるよねー。お父さん」と助太刀を求めてくる。はたしてどちらのものが太いかは見た上でないと判断は出来まいが、話し模様から推すとお隣の方が成長しているらしい。

子供が言うた通り、私の方も2週間後に産卵した。狭い箱の中に真珠のような卵が砂丘のように重なり合っている。白髪三千丈式形容ではなくほんとに真珠の山である。この驚く程の繁殖ぶりは看板通り偽りなく現下日本の国策型であり、生産力拡充の叫ばるる今日、支那大陸はもちろん遠く欧州まで輸出してもなお余りあるほどである。

「かたつむり商」の看板でも掲げてみたいと思ったが、流行り出した時たんまりあてこんだ商人さえ黙っているのに、素人がうっかり手出ししてあべこべにこっちが甲を踏みつぶされてはと観念した。

私は田舎時代から釣りのほかに野菜作りに趣味を持ち、また相当自信もある。那覇に来てからも家庭内に空地のある所を借り、冬は葉野菜、夏は瓜類を作っている。ヘチマは棚にとどかない間がほんとの手入れ三昧期で、朝と晩との伸び具合を比較したり、蔓をしっかり巻き着かすため適当のところに導いてやってり、終日たのしまれる。

(つづく)

※ウィキペディアの記事には厳重に管理されていたアフリカマイマイが沖縄戦を機に野外に逃げ出し繁殖したとありますが、この記事を見ると戦前からすでに爆発的に広がっていたことがわかります。

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2013年4月 3日 (水)

ブログ再起動

皆さま、ご無沙汰しています。

新年度が始まり、1年ほど休止していたこのブログも再起動しようかと思います。

これまでは週1回の更新ペースを続けてきましたが、もうちょっとゆっくりと記事を書こうかと考えています。

「目からウロコが落ちる」沖縄の歴史を紹介していきますので、これからよろしくお願いします。

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