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2011年1月29日 (土)

琉球の実践中国語講座

中国との朝貢関係を結んでいた琉球では、福建省の福州に琉球館(柔遠駅)という滞在施設があり、ここに琉球人のスタッフが常駐していました。当然、現地では中国語を話さなくてはなりませんので、言葉を学ぶための中国語のテキストがありました。このテキスト、受験用のものではなく、超実践的!現地で実際に起こる状況を想定しての会話集です。

それでは王国時代の中国語テキスト『学官話』の一部を見てみましょう。

【レッスン1】中国の悪ガキに怒りをブチまけよう

おまえという子は、私があなたをからかってもいないのに、どうして私をののしるのだ。家庭教育もなっていない、このろくでなし!もともと中国は礼儀を重んじる国だと聞いていたのに。お前のこんな行動や話し方を見ていると、私は中国へ勉強しに来たのに、学ぶべきことが何にもないという気になるよ。

(這個小孩子!我又不惹你。你來罵我做什麼。没家教的雑種!原説中國有道理的。看你這樣的行徑。看你這樣的説話。我學也没干了)

【レッスン2】琉球館にたむろするヒマ人を追い出そう

私たちは万里のかなたから海路を旅してようやくここ(福建)へたどりつき、今は琉球館に泊まって番をしています。館内の秩序は整然と保たれるべきで、無用な混乱は避けなければなりません。

でも、現実には定職を持たない大勢の人たちが毎日私たちの琉球館にやって来て、ワイワイガヤガヤと騒いでいます。私たちは彼らの機嫌を損ねることもできず、話すべきこともすべて言い尽くしましたが、彼らはやはり聞いてくれません。まったくなすすべがないのです。そこで老爺にご助力いただくために、こうして参上したというわけです。

どうか入口に布告を掲示して、あの人たちが入って騒がしくできないようにしてください。もしそれが可能でしたら、老爺の私たちに対するこの上もない恩恵となります。大変恐れ入りますが、私たちのこの願いを老爺にご報告いただきたいのです。私たちはここでお待ちしておりますから。

(我們萬里水洋。這海來到這裏。存留看館。館内務必安靜。混雑不得。目下有許多閑雑人等。天天來館内羅唆。我們又不敢得罪他。好話對他説。他又不聽。没奈何來求老爺。發一張告示。掛在館内口。使他們不敢進去羅唆。就是老爺莫大的恩了。求將爺將我這個話。有勞替我進去回一聲。我在這裏候着)

・・・どうやら中国滞在の琉球人は大変だったようですね(笑)

参考文献:瀬戸口律子『学官話全訳・琉球官話課本研究』

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2011年1月25日 (火)

新聞連載開始!

沖縄の地元紙「沖縄タイムス」で「古琉球と海域アジア」というタイトルで連載を担当することになりました!

すでに1月10日から始まっていますが、これから第2、4月曜日に掲載、1年間の予定です。昨日24日が連載2回目ですね。

僕の専門である古琉球の時代について、僕の関心のあるテーマや近年の研究を参考にして紹介したいと思っています。

沖縄にお住まいの皆さま、毎月第2、4月曜日は「沖縄タイムス」文化面をのぞいてみてくださいね。

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2011年1月22日 (土)

今帰仁スペシャルツアーせまる!

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以前お伝えした世界遺産・今帰仁グスクで限定3日間のスペシャル講座+ツアー、いよいよ開催日にせまってきました。

開催日は1月26日(水)、2月2日(水)、3日(木)です。

講座内容はそれぞれちがいます。

◆1月26日(水)「今帰仁グスクと北山の歴史」

◆2月2日(水)「薩摩侵攻と今帰仁」

◆2月3日(木)「北山監守とその後」

講座+ツアー参加費が込み込みでなんと1000円!これはかなりオトク!

しかも特製オリジナル琉球Tシャツも抽選で当たる!

みなさまぜひご参加ください!

詳細は【こちら】をごらんくださいね。

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2011年1月17日 (月)

テンペストのインタビュー記事!

琉球王朝の小説『テンペスト』の史跡を巡る「池上永一公認!テンペスト体感ツアー」に関する僕のインタビュー記事が「東京ウォーカー」サイト版に掲載されました!

インタビュー記事は【こちら

今回のツアーには、僕は監修に関わっていまして、インタビューされることになったわけです。著者の池上永一さんとの対談もやりまして、近日中に掲載されるようです。

公認ガイド育成セミナーも開始されまして、いよいよ2月からツアー開始です。

ご期待ください!

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2011年1月15日 (土)

喜瀬さん夫妻の大ゲンカ

王国時代、庶民たちはどのように暮らしていたのでしょうか。王さまや政治の動きは見えても、こうした一般の暮らしはなかなかイメージしにくいと思います。ですが、実は王国末期の庶民たちの夫婦ゲンカの記録が詳細にのこされています。これは裁判記録にあるもので、事件になったことでそのいきさつを細かく知ることができます。約140年前のリアルな夫婦ゲンカの様子をご覧ください。

事件の当事者は喜瀬筑登之(36)と妻の真牛。彼ら夫婦は那覇久米村の玉代勢オバアの屋敷の一角を借りて生活していました。当時も賃貸物件があったわけですね。喜瀬さんは百姓で、那覇泉崎村生まれの三男坊。クシ作りの職人でした。

1869年7月15日の夜、喜瀬夫婦は質入していた衣類をめぐって口論が起こってしまいます。やがて言い争いはエスカレートし、怒った妻の真牛さんはついに「あなたとは離婚よ!」と夫の喜瀬さんに向かって言い放ちます。それを聞いた彼、「うぐぐ、ちくしょー!」とくやしくなって家を飛び出し、そのまま焼酎3合を買い求め、ヤケ酒をしてしまいます。ちょうどその日はウークイ(先祖霊送り)。喜瀬さんはほろ酔い気分で兄の実家に行き、そこでウークイの残り酒をごちそうになり、そのまま徹夜で飲み、翌朝帰途につきます。帰宅途中で美栄地あたりにあった知人の石川筑登之の家に立ち寄り、何とまた酒を飲みはじめます。ウークイだったので、そこかしこの家でお酒が準備されていたのです。

二日酔い気味の喜瀬さん、夫婦ゲンカのことはすっかり忘れ午前8時に朝帰り。ところが、妻がいない。家主の玉代勢オバアに聞くと「家財道具を持って家を出ていったさぁ」とのこと。喜瀬さんは「ほんのちょっとした口論なのに、本当に別れるつもりなのか!?」とがく然とします。

動転した彼は、酔っ払った頭で考えたところ、妻は仲良しの盛島家に妻がいるはずだと思いつきます。そこで喜瀬さんは久米村の盛光寺に間借りする盛島家を訪れました。すると案の定、妻の真牛さんは盛島さん夫妻とちょうどお茶を飲んでいる最中でした。さすが夫。妻の考えてることはお見通しですね。妻を見つけた喜瀬さんは激怒し、森島さんの家へ上がりこみすごい勢いで突進してきたため、驚いた真牛さんと森島さん夫妻は逃げ出しました。

妻を取り逃がしてしまった喜瀬さんは、今度は盛光寺の住職の寝室に侵入、蚊帳を持ち出そうとたくらみます。ちょうどそれを住職が便所付近で発見します。「おいお前、何してるんだ!」と驚く住職に、喜瀬さんはそのまま蚊帳を持って「これを持っていけば、わかるんだ!」と言い、いちもくさんに逃亡。喜瀬さんはベロンベロンに酔っ払った頭で、「ささいなことで離婚を切り出し、女一人で寺へ行くとは、きっと盛光寺の坊主とデキてるにちがいない」と考え、寺の何かを持ち帰れば妻は追いかけてくるだろう、と蚊帳を盗んだのです。「これを持っていけばわかる」とは、これで妻の浮気がわかる、ということだったんです。まったくもって理解不能な思考ですが、酔ってたのでこんな感じだったのでしょう。

盗んだ蚊帳は知人の饒平名筑登之の家にあずけに行きますが、喜瀬さんは何とその際にもそこでウークイで残った酒を飲んでいます。酔いがますます回って自宅に戻ったところ、妻はまだ帰ってきていません。妻はまだ寺にいるはずだ、と思い、今度は包丁を持って再び盛光寺へ向かいます。この包丁は妻を傷つけてやろうとしたのではなく、こらしめのため妻の髪を切ってはずかしめてやろうと考え、持ち出したものでした。

ところが盛光寺の門前では盛島さん夫妻や近所の人たちが待ちかまえており、皆で喜瀬さんを寺の中に引きずりこみ、蚊帳の盗人としてあえなく御用(逮捕)。このドタバタ劇ですが、裁判の結果、次にような判決が下されました。

《判決》
夫の喜瀬筑登之は宮古島へ流刑(島流し)。

通常、大酒飲みが乱暴を働いた処罰の先例では、寺入り(謹慎)40日、罰金200貫文(現代価値で約20万円)でしたが、今回の場合は喜瀬さんの親類から「彼を島流しにしていただきたい」との要請が出されたので、さらに罪の重い島流しにされてしまったのです。働かないニートやどうしようもない人間を親や親類が役所に訴えて島流しにしてもらうことは、この時代行われていました。今回、親類に愛想をつかされてしまった喜瀬さんに、それが適用されたわけですね。

ささいな夫婦ゲンカがとんでもない結末になってしまった事件でしたが、刑期を終えた喜瀬さんがその後どうなったのか、離婚したのか、今まで通り仲良くやったのかは不明です・・・

真栄平房昭「夫婦ゲンカの社会史-琉球の慣習法と裁判をめぐる一考察-」(『沖縄県女性史研究』2号)

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