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2010年11月20日 (土)

安慶名グスクで新発見!

かつてこのブログでいくつかのグスクの石垣に謎の穴があることを紹介したことがあります(こちら参照)。外から寄せてくる敵を鉄砲や矢で攻撃するための銃眼(矢狭間)だと言われています。

しかし、攻撃のためなら本来、あらゆる方向で銃眼を設けなければならないのに、グスクの石垣にある穴は少なく、安慶名グスクにいたっては全体でたった1個しかありません。銃眼として使われたのが確実なのは、那覇港口にあった砲台、三重グスク・屋良座森グスクですが、屋良座森グスクには海側と対岸側に計16個もの銃眼がまんべんなく設置されており、他のグスクの穴はこのようにはなっていません。

僕は本当にグスクの穴が銃眼として使われたのか疑問である、と以前述べたのですが、つい先日、安慶名グスクを見学に行った際、この穴の謎について解明する大きな手がかりを得ることができました。

Cimg5282

一緒に見学した同僚の仲嶺真輝(なかみね・まさてる)氏がこの穴を見て、その石垣のぶ厚さから「これはどう見ても銃眼として使えないよな~」とつぶやきながら、ふと穴に向けてその方角を調べたのです。

Cimg5308_2

すると・・・驚くべきことに、その穴の方角は東西の軸にピッタリ一致するではありませんか・・・!!

Cimg5300_3

Cimg5298_2

僕はグスクの穴に何らかの宗教的意味があるのではないかと考えていましたが、漠然とそう思っていただけで、詳しく調べたわけではありませんでした。あらためて見てみると、そこには答えが示されていたのです。言われてみれば、「ああ、そんなことすぐわかるよ」と言えますが、指摘されるまでまったく気づかずにいました。まさに仲嶺氏の「コロンブスの卵」です。

さらに安慶名グスクと同じく穴が開けられている中城グスクについても、図面上で調べてみました。

すると・・・・!!何と全ての穴が東西南北の軸に一致していたのです。北の郭にある1つの穴は南北方向、南の郭の3つの穴は東西方向です。正門横の穴は若干ズレている感じですが、ほぼ東西方向。防御のための銃眼なら、わざわざ方角を一致させる必要があるでしょうか。しかも2つのちがうグスクで方角の一致が見られたことは、この事実がけっして偶然ではなく、明らかに意識してこの方角に向けて穴を開けているとしか考えられません。そうすると従来唱えられてきた「銃眼説」は大きく揺らぐことになります。

ではこの東西南北の軸にはどのような意味があり、どのような用途で使われたのでしょうか。現段階ではどうにもわかりませんが、グスクの城門はその向きが夏至の日の出方向に一致するものも多数あることから(こちら参照)、やはり宗教的な意味合いが強いように思います。

グスクにはまだまだ謎が隠されているということですね。詳細が判明しましたら、また追って報告したいと思います。ご期待ください。

参考文献:當眞嗣一「火矢について」(『南島考古』14号)

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コメント

とすると、首里城の穴もやっぱり東西南北ぴったりの位置にあるんでしょうかネ☆

ところで、勝連城跡の城壁にも穴があります。
…が、貫通はしてません。
これもやっぱり安慶名グスクと同様の穴なんでしょうか…。

近々勝連グスクに行く予定なので、
方磁石持って調べてみます♪(^-^)ゝ

投稿: 和々 | 2010年11月20日 (土) 20:58

>和々さん
首里城や勝連グスクの場合、もともとあるものではなく復元したものなので、本当にその場所に穴が開いていたか注意する必要があると思います。

本来、穴があったとしても、方角のことを知らないまま復元してズレた形で作る可能性もあるからです。

いずれにせよ調べた結果がどうなってるのか教えてくださいね。よろしくです。

投稿: とらひこ | 2010年11月21日 (日) 01:36

勝連グスクに行くのはもうちょっと先の予定でしたが、
余りの天気の良さに、突発的に行ってきました!

そんでもって、方位磁石持っていきました!

結論から言えば、2つのうち、1つは南北、もう一つはズレがありました。
(でも測り方ちゃんとあってたかな…ちょっと不安デスcoldsweats01sweat01

ブログで写真付きでupしましたので
よかったら見てください♪
http://blog.goo.ne.jp/wa_gocoro/e/272c5776ce1248584c1b838d526f3bdc

投稿: 和々 | 2010年11月21日 (日) 13:34

>和々さん
さっそくの調査、お疲れ様でした!

方角、南北に一致するものもあったんですね!あとはこの穴がどのような経緯で復元されたか、担当者に聞くと詳しいことがわかりそうですね。

ちなみに勝連グスクの西原門は、図面上でみると夏至の日の出方向に一致するみたいです。

投稿: とらひこ | 2010年11月22日 (月) 00:49

発見も、「ぞくぞく!」ですね。

昔の人は現代人よりはるかに方位に敏感だったと思います。
今は絶版になっている『知られざる古代―謎の北緯34度32分を行く』(水谷慶一著)を読んで、古代人の東西軸へのこだわりにゾクゾクした記憶があります。
何年か前、雑談で「城壁の穴、用途が不明らしいよ」と天文に詳しい友人に話したら、彼は「方位を確かめてみたら?」と言っていました。

東西軸や、夏至・冬至の日の出・日の入りに合わせた方角など、グスクは「カレンダーの役目も持った巨大な装置」かも…なんて考えたら、ロマンがありますね。

投稿: 南ふう | 2010年11月24日 (水) 14:28

>南ふうさん

以前、首里城の向きについて地図でお話されてましたね。

提示していただいた文献、ちょっと興味がありますので読んでみたいと思います。

我々が気づいていない部分も意識すると見えてくるものがあるかもしれませんね。

投稿: とらひこ | 2010年11月24日 (水) 23:17

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