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2010年6月26日 (土)

南山王・他魯毎は生きていた!?

南山最後の王に他魯毎という人物がいます。この王は1429年頃に中山の尚巴志によって滅ぼされますが、実は彼は死んでおらず、しかもその後100年、尚真王の時代まで生き続けていたとしたら!?(ナナンダッテー

その証拠をお見せしましょう。1513年、琉球より東南アジアのジャワに派遣された使節のリストに、こうあります(『歴代宝案』)。

管船直庫、他魯毎

デター他魯毎!やはり彼は生きていた!?不死身の男!

・・・というわけはありません。この他魯毎は南山王ではなく、同名の別人です。「他魯毎」は「他」が姓で「魯毎」が名なのではなく、琉球の名前を漢字で表したものです(こちら参照)。これは「太郎思い(たるもい)」と読みます。同じ頃の1518年、シャム(タイ)へ派遣された人物に「達魯毎」がいますが、これも「太郎思い」の当て字で、こちらは同じ人物である可能性が高いといえます。ちなみに「管船直庫」とは船を護衛する守備隊長のような役割とみられます。

同じく『歴代宝案』には「他魯(太郎。タルー)」や「麻他魯(真太郎。マタルー)」、「寿達魯(四太郎。シタルー)」なども登場します。

そして1609年。島津軍侵攻の情報を中国へ伝えた際、琉球は副将の平田増宗のことを「他魯済」と記しています。これは増宗が「太郎左衛門尉」だからで、「たろうざ」の当て字で「他魯済」と表記したのです。琉球で「他魯」が「太郎」の漢字表記であることはもはや明白です。

三山時代の琉球の人物名ですが、華人以外の名前が【琉球語→漢字の音を当てて表記】というルールで記載されてることはまちがいありません。教科書や概説書の人物読みもそろそろこうした点を考慮する必要があるように思います。

参考文献:『歴代宝案』

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2010年6月19日 (土)

ついにマンガ化!

「目からウロコ」歴史探検ツアー、「薩摩侵攻の史跡を歩く」は6月5日に全日程終了しました。おかげさまでほぼ毎回、満員近い参加者数でした!ご参加のみなさま、どうもありがとうございました!

そしてアンケートでは、なんと96パーセントのお客様がツアーに「満足した」との結果!価格も「安い」「妥当」との回答を多数いただきました。みなさまに喜んでいただき、僕も大変嬉しいです。

そして参加された方のひとり、マンガ家の南原明美さんが、なんとツアーの内容をマンガ化!ネットの「沖縄コミックチャンプルー」で読むことができます。

実話・地名笑い話/番外編(前編)

実話・地名笑い話/番外編(後編)

マンガ初デビューということになるでしょうか(笑)お話は前後編に分かれています。南原さん&編集長さん、どうもありがとうございました!

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2010年6月12日 (土)

目からウロコのグスクツアー!

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お待たせしました。大好評の薩摩侵攻の史跡を歩くツアーに続き、「目からウロコ」歴史探検ツアー第2弾の登場です!

「目からウロコ」歴史探検ツアーシリーズ
歴史家・上里隆史の同行解説! 
謎の遺跡・グスクを巡る~王朝の栄華編~

実施日:6月26日(土)、7月10日(土)、7月24日(土):日帰りバスツアー(食事付)
料金:1人6,800円(バス代・食事代・施設入場料・保険代を含みます)
定員:45名(先着順、要予約。最小催行人数20名)

ツアー日程:10:00~10:20各送迎ポイント(バス亭)からバス乗車→島添大里グスク→昼食(ユインチホテル南城・最強50種類ランチバイキング)→浦添グスク・浦添ようどれ・資料館→首里城[世界遺産]→(終了予定17:00)→各送迎ポイント(バス亭)からバス下車、解散

◆各送迎ポイント(こちらに集合してください)

10:00 沖縄バス本社
10:20 真玉橋バス停(与那原向け)
10:30 南部保健所前バス停(南風原ジャスコ近く。与那原向け)
※道路状況により到着が遅れる場合があります。

◆ツアーのみどころ
・『目からウロコの琉球・沖縄史』著者が同行解説!最新の研究をもとに面白く、わかりやすく解説します。
・大里グスク、浦添グスクなど、有名観光地になっていない穴場グスクを見学!
・首里城を「グスク」という視点から観察。首里城のまったく別の顔が見えてくる!
・知られざるグスクの全貌が明らかに。
 →「グスク」=お城じゃない!?
 →石垣に隠されたヒミツ
 →古琉球の世界観と「太陽の穴」
 →グスクの地下に眠る○○
 →王さまは何を食べていた?

※ネットからもお申し込み、お問い合わせ可能です(下のバナーをクリック)。

電話・ファックスでのお申し込み、お問い合わせは

沖縄バス株式会社
TEL:098-861-0083
FAX:098-861-8290

沖縄に点在するグスク、その実態は意外と知られていません。今回、グスクツアーシリーズ~王朝の栄華編~ということで、わたくし上里とグスクを巡り、最新の歴史の話を楽しく聞きながら、王朝ロマンを体感してみませんか。ランチも超充実!本来、このランチバイキングだけでもひとつのバスツアーになりえるぐらいです。

ぜひぜひご参加ください!

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2010年6月 5日 (土)

謎のグスクに潜入!

糸満市名城にあるエージナ島。550年前の様相を描いた地図「琉球国図」、『海東諸国紀』に記された「阿義那之城」がこの島に該当するのではないかと前回の記事で指摘しました。

そして今回、実際にエージナ島を調査してきましたので、その結果を報告します。結論は、エージナ島に「グスク」的遺構の存在を確認しました(※)。この島は唯一、グスクの分布調査が入らなかった島だそうです。

この島は拝みの対象になっていて人の出入りもままありましたが、この地を「グスク」として認識する人はおそらくいなかったと思います。550年間、忘れ去れていたことになります。

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↑エージナ島は干潮時には歩いて渡れます。周囲は石灰岩の岩場で、自由に島の内部へは入れない構造になっています。

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↑北側の中央あたりに島へ入る入口が。蛇行した階段の道を登っていくと、平場に出ます。ここはかなりのスペースで、居住空間として充分利用できます。

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↑入口から左側には小高い岩場があり、その中央には石積みで築かれた長方形の構築物があります。おそらくお墓ではないでしょうか。

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↑入口から右側に行くと、さらに一段高い場所があり、その上に向かって坂道がつくられています。

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↑坂道を登ると左右に野面積みの石積みが。明らかにこの区画を囲うための人工物です。ついに見つけました!防御性を持つ石積みです!

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↑道は二手に分かれ、ゆるやかな坂道になっていますが、行き着いた場所にはまた石積みの塚が。三つの石が立てられています。

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↑断崖の周囲を沿うようにして野面積みの石垣が積まれています。

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↑西側からみたエージナ島。

エージナ島は周囲を岩で覆われ、進入が困難な防御的性格を持っており、また居住可能な平場空間が存在、御嶽や石積みなど人工構築物があること、くわえて550年前の地図でエージナ島に該当すると思われる島に「城」が存在したとの記載から、エージナ島に「グスク」的性格の遺跡があったと判断していいと思います。今後は遺物の調査などでさらに詳しい当時の様子が明らかになるはずです。

【注意】エージナ島は整備されておらず樹木が鬱蒼と茂っており、ハブに噛まれる危険があります。また満潮時には島の周辺は水没するので島内に閉じ込められる危険もあります。この海域は流れが速く、水難事故も起きています。この情報をもとに島内を訪れて怪我等をされても責任は持てませんのでご了承ください。またここは聖地であり、現在でも信仰の対象となっていますので、その点もご留意いただきたく思います。

※【追記】後日の再調査(2012年10月実施)によってさらに石積み遺構を発見しましたが、近代に入って大規模な改変を行っている可能性が出てきました。グスク土器の表面採取や拝所(『琉球国由来記』記載の「あいけな森」と推定)などからかなり古い時代よりの住居、拝所機能のある遺跡であることは間違いないのですが、どの石積みが当時のものかをより厳密に判断する必要があります。そのためには本格的な学術調査が不可欠です。よって現段階ではひとまず判断を保留したいと思います。

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