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2009年4月15日 (水)

暗闇の巡回人

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復元なった琉球王国の首里城。今では多くの人々がここを訪れ、夜には正殿をはじめとした建物が美しくライトアップされ、見る人を楽しませています。王国時代の人々がこのきらびやかな夜の首里城の姿を見たら、おそらく驚がくするはずです。昔にはこれだけの電灯がなかったから、というわけではありません。何と、かつての首里城は深夜になれば明かりをともすことが禁止されていたからです(!)『球陽』には、こう記されています。

禁城(首里城)、夜深に入れば、火灯を禁ず。

つまり、夜中の首里城は明かり一つもない真っ暗闇だったというわけです。

そういうわけで城内を警備する役人は、明かりもなく真っ暗闇で巡回していました。漆黒の闇の城を巡ったところで、はたして警備の役目が果たせたのでしょうか?担当の役人たちは相当苦労したことでしょう。手探りで首里城内をウロウロしていたのではないでしょうか。こうした城内の明かりを禁ずる決まりは、火事を防止する意味もあったか、あるいは宗教的な意味があったかもしれません。

こうした意味不明の決まりに対して、尚敬王は、巡回人が暗闇で毒蛇のハブに襲われることを心配し、1737年、深夜の警備に明かりを持って城内を巡回することを許可し、以後はながくこれを例としたということです。ということは、それまで深夜の巡回人がハブに噛まれる事件が続出していたということでしょう。朝になればハブに噛まれた役人たちがよくそこらに転がってたのかもしれません(汗)

今ではまったく考えられませんが、かつての首里城は意外にもハブが出る危険な場所でした。首里城西端のアザナ(物見台)は時報のための鐘がすえ付けられていたのですが、それを鳴らすためには、うっそうとした密林を抜けなくてはいけません。時報を知らせる役人は、夕方や雨の日にこの密林でハブに噛まれる被害が多発していたそうです。そこで1736年、皮でつくられたブーツを支給してハブから脚を守ったとのこと。

首里城内を巡回する役人の最大の脅威は、侵入者や賊などではなく、ハブだったということなんですね。

参考文献:『球陽』、真栄平房敬『首里城物語』

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コメント

いつも楽しく、目からウロコを落としております。shine

そろそろハブさんのご活躍の季節到来〜sad

実は今も西のアザナらへんはハブがでますねー
夜デートの方々はご注意された方が良いですよ!

投稿: ぞんびちゃん | 2009年4月16日 (木) 08:53

はじめまして。
いつも楽しく読ませていただいております。
父が徳之島出身ですので、琉球文化には昔から興味があります。以前コメントされている方もいましたが、奄美は薩摩と琉球のいろいろな文化が混じる面白い場所です。

さて、首里城の夜間の灯火禁止ですが、清代の紫禁城にもそういう決まりがあったらしいです。
各門の警備兵と親王、軍機大臣以外は夜中や早朝も灯火の使用が許されず、手探りで歩いたそうです。

闇夜に紫禁城内の堀に落ちて溺死した役人もいるそうで(汗)

投稿: 電羊齋 | 2009年4月16日 (木) 12:30

>ぞんびちゃんさん
今でもハブは出るんですね(汗)あれだけ整備されていれば、もういないかと思ったんですが・・・

>電羊齋さん
これはご教示ありがとうございます。琉球のこうした決まりは中国からの何らかの影響でしょうか。いずれにせよ警備の役人はたまったものではありませんね。

徳之島は実は行ったことがありません・・・大島や喜界島、沖永良部島はあるのですが・・・カムィヤキ生産の地など歴史的にも興味深い島なので、一度は行ってみたいです。

投稿: とらひこ | 2009年4月20日 (月) 18:55

こんにちは。
首里城の中にはハブはいませんが、東のアザナの東側の城郭の外側には、ときどきハブがいるらしいですよ。
もっとも、ほとんど人が立ち入れない場所だそうです。

投稿: forever-green | 2009年6月21日 (日) 21:46

>forever-greenさん
たしかに城外はいまだにうっそうとした樹木が残ってますから、ハブがいてもおかしくありませんね。素朴な疑問ですがハブって城壁を登ることができるんでしょうかね・・・?

投稿: とらひこ | 2009年6月26日 (金) 00:19

内地の城壁ならでこぼこしているのでたぶん登れますが、首里城みたいにつるつるの城壁は登れないかも知れませんね。
ハブよけのためにつるつる壁を考案した…わけではないんでしょうね。城内に密林があったら意味ないですし。

投稿: 茶太郎 | 2009年6月30日 (火) 01:47

>茶太郎さん
ハブって城壁のような障害を登れるんでしょうかね。外から侵入したのではなく、ハブのいる森を城壁で囲み、そのままハブが繁殖し続けたのかも・・・?

そういえば察度王が腕をハブに噛まれた伝承もありましたね。王さまですらハブに襲われる危険もあったということでしょうか。

投稿: とらひこ | 2009年7月 2日 (木) 07:40

母の実家(ど田舎)の川で、傾斜80度のコンクリートの岸壁をヘビがうにゃうにゃ登っていくのを見たことがあります。
コンクリの表面には菱形の凹凸が並んでいたので、それを足がかりにして登っていたみたいです。人間のフリークライミングと同じ要領ではないかと思います。

察度王の時代はまだつるつる城壁がなかったでしょうから、普通に登れたと思いますよ。それどころか、ヤツらは石垣の隙間に隠れるのが好きですから、野面積みの城壁なんかは逆にハブの棲家になっていたかも知れませんね。

投稿: 茶太郎 | 2009年7月 4日 (土) 15:44

>茶太郎さん
ヘビってそんな急な壁を登れるんですね。知りませんでした。野面積みだと確かに可能なような感じですね。

投稿: とらひこ | 2009年7月 8日 (水) 07:47

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