3年前、僕は小林よしのり氏の『新ゴーマニズム宣言SPECIAL・沖縄論』に対して批判的な見解を述べたことがあります(こちら参照)。この批判に対して最近、小林よしのり氏は『激論ムック・アイヌと沖縄の真実』(オークラ出版)で僕を名指しで反論してきました。今回はその反論に対しての回答を述べたいと思います。
小林氏は僕の批判記事「沖縄が超歴史的・必然的に「日本」固有の領土であったとする小林氏の主張には承服できません。明治になるまで琉球王国は「日本国」に帰属した事実は一度もありません。」という部分を引用し、「日本は明治時代に近代国家を建設することになり、領土を画定するために「琉球処分」を行って琉球王国を廃絶し、明確に日本の一部とした」ことをちゃんと書いており、僕が『沖縄論』を読まずに批判している、と反論しています(『アイヌと沖縄の真実』18ページ)。
近代以降に普及した「民族」概念と同じように、国民国家とその成立要件のひとつである「領土」概念は近代以前には存在しません。その点は僕も同じ見解です。たしかに小林氏は日本領土の成立は明治以降と『沖縄論』224ページで述べています。よって「沖縄が超歴史的・必然的に「日本」固有の領土であったとする」と書いた僕の表現は正確・適切ではなかったかもしれません。その点についてはお詫びして訂正したいと思います。
僕がそう考えたのは『沖縄論』の次の記述によるものです。小林氏は琉球処分の歴史的性格をどう解釈するかについて「(とらひこ注:琉球処分は侵略だという意見に対し)同じ民族なのだから統合だ」、「大和朝廷が熊襲や隼人を征伐して統一していったのが少々遅れただけじゃないか・・・」(すべて『沖縄論』224ページ)とし、大城立裕氏の論をあげ「琉球処分は歴史的必然だっただろう」(『沖縄論』230ページ)と結論付けていたことを根拠にしたものです。上記の小林氏の主張から、正確には「琉球が「日本」の領土となるにあたり、超歴史的・必然的に「日本」の潜在的主権があった」、あるいは「明治の日本による琉球併合について、領有を正当化できる要因として歴史的な根拠があった」との表現が適当になるでしょうか。
このように僕の表現が適切ではなかったものの、『沖縄論』の琉球処分についての箇所をひとまず読んだうえでのもので、小林氏を批判するために無理やり作り出したものではないことをお断りしておきます。また、『沖縄論』が琉球・沖縄の独自性を軽視して歴史・文化のほぼ全てを「日本」に回収しようとし、琉球処分(近代日本による琉球王国併合)を当然視・必然視する主張であることには変わらないのではないでしょうか。
〔追記〕なお小林氏は薩摩の琉球侵略から続く琉球の歴史を「再日本化」と評価しています(『沖縄論』186ページ)。真相はこの時期琉球は「中国化」を強めていくので小林氏の情報・記述は誤っているのですが、それはさておき、明治以前に一瞬たりとも「日本」になったことのないはずの琉球が「再び日本化する」とは一体どういうことなのでしょうか?「沖縄は明治の琉球処分によってはじめて「日本」になった」、と僕に反論している小林氏の本音・真意が透けてみえるのではないでしょうか。
誤解がないように付言しますが、僕は現在の日本社会が非常に画一化・均質化されてきている傾向はあると思いますし、現在の沖縄は間違いなく「日本」です。そしてそれは1972年の時点で「日本国」への帰属を沖縄の人々が主体的に選択したからだと考えています。僕は「沖縄人であるとともに日本国民」という意識であり、それは否定しようもない事実です。沖縄は強い独自性を発揮しながらも、日本社会全体のためにどう貢献できるかをこれから考えるべきだと思います。しかし、だからといって近代以前の琉球の歴史までさかのぼり、これまでの歴史研究の成果の都合のいい部分だけを抜き出し組み合わせ、現在の沖縄と日本の体制がいかに必然性のあるものだったかを補強する根拠としてはいけないのではないか、その点を問題にしているわけです。小林氏がどのような政治的主張をされても別にかまいませんが、現在の政治的意図あるいは思想のために、過去にあった歴史的事実をゆがめて評価してしまうのは承服できません。
小林氏は『アイヌと沖縄の真実』で拙著『誰も見たことのない琉球』からの記述を引用し、古琉球の文化がヤマト風だったことをあげ、さらに自身の日本と琉球を同一視する持論の補強としています。これを読んで愕然としました。小林氏は僕の著書のいったい何を読んでいるのでしょうか。僕は古琉球文化が従来の想像以上に「ヤマト風(ヤマトそのものでない点に注意)」文化だったことは紹介しましたが、拙著の結論である「《まとめ》「古琉球」という時代」(『誰も見たことのない琉球』78~80ページ)で、古琉球の「ヤマト風」文化についてこう総括しています。
(とらひこ注:古琉球にヤマト的雰囲気があったことを紹介して)ここで出てくるのが「やはり琉球は日本の一部であったか。沖縄は古い日本そのものだ!」という反応か、「ウチナー(沖縄)とヤマトゥー(日本)が同じなんてとんでもない!琉球は中国の文化圏だ!」という反応だと思います。両方の言いたいことはわからなくはないですが、僕はそのどちらも全面的に賛成することはできません。
ヤマト文化があるから琉球は日本の一部だとか、中国文化があるから琉球は中国だとか、そういう単純な議論では古琉球の深層には迫れないように感じます。
海域アジア世界の十字路に位置し、交易国家であった琉球に外来の人々や文化が入ってくるのは至極当然のことで、例えどのような文化の影響があったとしても、南西諸島に住む人々は自らを他の地域とは違う「琉球の人々」であると自認し、また琉球以外の地域の人々も「琉球」を自分たちと同一視することはありませんでした。
(略)
琉球と文化的に最も近いはずのヤマトでさえも、自らの領域を南九州付近の島々(鬼界が島)までと認識しており、琉球は「異界」と考えられていました。文化の基層にヤマト的要素があったとしても、それは太古からずっと「純粋培養」されていたわけではなく、数百年の交流を続けていくなかで様々な要素と「化学反応」を起こし、似て非なる別物になったと考えたほうが自然です。
(略)
古琉球という時代は、日本や中国、東南アジアの各要素を持ちながら、そのどれとも言えない、「琉球」と呼ぶしかない主体を南西諸島に住む人々が自ら作りあげた、そんな時代だったといえるでしょう。
小林氏はこの結論をばっさりカットし、僕が著書のなかで行った論の過程における「ヤマト風」文化という点だけを抜き出して、自らの主張を補強するために使っているのです。一番肝要な部分をそぎ落として、自分が欲しい事実を、さもそれが全てであるかのように印象づける。これを「おいしいとこ取り」と言わずして何なのでしょうか。小林氏は僕があの本で述べたかったことを全然くみとっていません。拙著を評価していただいたのはありがたいのですが、著者の論証のすえに導き出した結論も理解しないまま、ただ「これは使える」というだけで本を評価されても僕は嬉しくありません。
また小林氏は古琉球辞令書をあげ、「薩摩が入る以前に、琉球国内の公文書が和文で書かれるほど、和風化が進んでいたのだ」(『アイヌと沖縄の真実』17ページ)と主張しています。文脈からして小林氏の持論を根拠づける例示です。おそらく古琉球辞令書の情報は拙著から仕入れたものでしょうが、この点についてもまた問題があります。以下にあげた僕の文章を読んでください。この記事は拙著にも収録されています。
【古琉球はどんな文字を使ってた?】
僕はこう書いています。
(古琉球辞令書などを紹介して)
「このような事実から、「琉球は日本と同じなんだ」という考えが出てくるかもしれません。しかし、実はそうではありません。結論は、「琉球と日本は同じではない」のです。」
「琉球で日本の「ひらがな」を使っているから「琉球と日本は同じだ」、という結論にはならないことがわかります。それは日本で中国伝来の漢字を使っているから「日本と中国は同じだ」ということにならないのと同じことです。琉球は外から入ってきた文化を採り入れて、自らのものにしてしまった、ということなのです」
僕は辞令書をあげて古琉球は和風化が進んでいたと言っているのではなく、ヤマトをはじめとしたさまざまな各国の要素を琉球風にアレンジして、似て非なる別物の文化を作り上げたと述べたのですが、小林氏はこうした結論には目もくれません。これも「おいしいとこ取り」の一例です。まさか自分がやられるとは思ってもみませんでした。〔追記〕辞令書でもわかるように、小林氏が挙げた事例は全て、ヤマト的要素と他の要素を混合させながらヤマトとは全く違う「琉球化」を遂げたとしか言えないのであり、「和風化が進んでいた」という事実認識は誤りとなります。
そして僕が一番残念に思ったのは次の部分です(『アイヌと沖縄の真実』18、19ページ)。
「ようするに上里氏は『沖縄論』を読まずに、沖縄マスコミの流したわしに関するデマを信じて批判したのだろう」
「(とらひこ注:僕が『沖縄論』を批判した要因のひとつには)沖縄の新聞が、「小林よしのりは思想信条のために、結論ありきで論理をねじまげている」と書き、沖縄の多くの人がそれを鵜呑みにしているからだ」
「(とらひこ注:踏み絵のイラストを描いて)沖縄では「小林よしのり=悪」という「俗情」ができ上がっていて、これと「結託」しないと知識人も評価されない」
「根拠を捏造してでも、小林よしのりと自分は違うと主張しなければならない。まさに「全体主義の島」である」
文脈からすると、僕が「沖縄全体主義」の圧力に屈して小林氏の批判をしている(やらなくては沖縄で生きていけない)ということでしょうか。
とんでもない言いがかりです。小林氏は僕が「(小林氏が存在すると想定する)沖縄全体主義」に敵対するような活動を行ってきたかご存じない(まあ僕は無名の存在なので当然かもしれませんが)。僕はかつて琉球の軍事史をはじめて体系的にまとめ、2000年頃に沖縄の新聞紙上で「古琉球の火器兵器」「琉球史における「武」の諸相」を連載し、戦後を通じて流布し沖縄平和思想の根幹とされていた「琉球非武装神話」の正当性に疑問を投げかけた張本人ですよ。その結果、沖縄の知識人から新聞紙上で批判も浴びせられています。僕は歴史の事実に基づいて平和を考えることが沖縄にとって必要だと思い、あえてこうした行動をとったのですが、このような行為は「沖縄全体主義(なるものが存在するならば)」にとっては裏切りなのではないでしょうか?
僕は自分の頭でものを考えることができます。小林氏の歴史論を批判したのは、僕自身が小林氏の歴史論がおかしいと感じたからです(それは先にあげた、僕の論の都合のいい部分だけを抜き出した手法で明らかでしょう)。ウヨク・サヨク、沖縄・大和は関係ない。沖縄でバッシングに遭っている小林氏が疑心暗鬼になるのもわからなくはないですが、今回の小林氏の見解は全くの妄想です。
小林氏は「沖縄は全体主義の島ではないと言い張る佐藤優が「大嘘つき」だという証拠である」と結論づけていますが、ひょっとして僕は結局、「沖縄全体主義」とそれにおもねる(と小林氏が考える)佐藤優氏を批判するためのダシに使われただけなのでしょうか・・・?そうであれば非常に悲しいです。小林氏は「言論封殺、論破!」(『アイヌと沖縄の真実』26ページ欄外)と書いてありますが、何の論破にもなっていないことを強調しておきたいと思います。
小林氏への応答は以上で終了とさせていただきます。「ゴー宣」での小林氏の主張や論の展開については同意できない部分が多々ありますが、それでも僕は、沖縄においてさまざまな意見・主張を自由闊達に言える雰囲気になるよう願っていて、その点から小林氏がバッシングを恐れず沖縄に対する発言をした行為自体は評価しています。これからまた別の話題に斬り込んでいくのでしょうが、その場所でも頑張っていただきたいものです。僕は「琉球・沖縄」とは何か、その歴史の探ることにこだわってコツコツと地道にやっていくつもりです。
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