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2008年12月10日 (水)

琉球の武器展覧会

以前、当ブログの記事「武器のない国琉球?(2)」で戦前の沖縄で武器の展覧会が開催されたことを書きましたが、詳細について知りたいとのご質問がありましたので、今回、その新聞記事を紹介します(すみません、回答が遅れました)。読み・漢字は現代の表現にしてありますが、内容の改変はありません。

名刀と名楽器/美術品展覧会に陳列(琉球新報・大正5年《1916年》4月17日)

わが社(琉球新報社)の美術品展覧会には刀剣類も陳列されているが、その中には鬼大城、国頭左馬頭の刀、大新城の薙刀のような歴史上名高い物が少なくない。

▲鬼大城の刀
骨格たくましく勢い狼虎のようであった夏居数は俗に鬼大城と呼ばれていた。この刀は鬼大城が王命を奉じて阿麻和利を斬った有名な刀である。

▲国頭左馬頭の刀
国頭按司正弥は慶長19年(1614)国質となって上国したが、翌年大阪兵乱(大坂夏の陣)が起こったので彼は左馬頭の名を賜わり兵卒を授けられて出陣したが、その時戴いたのがこの刀である。

▲大新城の薙刀
尚清王崩御の後、三司官たちが王の御遺言に背いて王子・鑑に位を継がせようと協議している席に、毛龍吟が薙刀(なぎなた)をひっ提げて「らくぶつの御帯よはら引き廻ち首里加那志めでりで我(わ)ねさだら」と叫びながら躍り込んで、王の遺命通り首尾よく王子・元を即位せしめたが、これがその時の薙刀である。

本展覧会が古琉球の忠臣義士などの偉業を誇る名武器のほかに、琉球音楽史上に幾多のローマンスを有っている名楽器を陳列してあることはすでに読者諸君のご承知の通りだが(略)

この展覧会の武器類は、王国時代を通じ士族の所有物として代々伝わったものであり、琉球では尚真王以降、さらには近世においてすら「刀狩り」は行われていなかったことを示しています。また最近行われた金工品の調査では、現在でも沖縄県内には王国時代からの伝世品である日本刀、槍などが存在することが確認されています(『沖縄の金工品関係資料調査報告書』)。

薩摩藩の支配下に入った近世の琉球では「禁武」政策がしかれていたと言われます。たしかに薩摩藩は琉球の軍事権を制限しようとしたことは事実です。しかし最近の研究では、薩摩藩は1609年の占領当初から徹底した武器管理策はとらず(とれず)、少なくとも1657年までは士族個人の鉄砲所持すら容認されていたことがわかっています(麻生伸一「琉球における薩摩藩の武具統制令について」)。

琉球の軍事をめぐる問題を考える際には、“まず「刀狩り」「禁武政策」ありき”という先入観を取り払って、今後は一つ一つの史料を丹念に分析したうえで全体像を描き出す必要があるのではないかと思います。

参考文献:麻生伸一「琉球における薩摩藩の武具統制令について」(『沖縄文化』102号)、沖縄県教育委員会編『沖縄の金工品関係資料調査報告書』

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コメント

 「鬼大城の刀」失礼ながらシロウト目にはメッチャ胡散臭いんですが(笑)。

投稿: 震電 | 2008年12月10日 (水) 22:55

>震電さん
たしかにそうですね。こういった伝承は尚家の千代金丸(今帰仁グスクの霊石をまっぷたつに斬った北山王の刀との伝承)とも共通すると思います。

ただ千代金丸を実際に調査したところ、制作年代が古琉球という鑑定がでていて、古くから伝来してきた事実は疑いがないということです。

鬼大城の刀もそうした類のものである可能性があります。残念ながら実物を鑑定できないため(もしかして今も現存するのでしょうか?)、いつ頃のものかは結局わからないわけですけどね。

投稿: とらひこ | 2008年12月11日 (木) 20:34

とらひこさん、こんばんは。

今回の記事で
出てきた名刀は
博物館などで見ることが
できますか?

千代金丸を含めて、
実際に見てみたいですupcat

投稿: あまりりす | 2008年12月15日 (月) 20:42

>あまりりすさん
今回の記事に登場した武器は所在未確認です。戦争で失われたかもしれませんし、各家に今でも家宝として残されているかもしれません。

千代金丸だけは那覇市の歴史博物館(パレット久茂地の4階)でたしか展示されていたと思います。黄金で装飾されていてとても美しいですよ。

投稿: とらひこ | 2008年12月15日 (月) 23:02

とらひこさん、
お答えありがとうございます。


那覇ですかー。
今度
見に行ってきますup

投稿: あまりりす | 2008年12月17日 (水) 19:44

>あまりりすさん
あそこは毎週木曜が休館ですから、注意してくださいね。

投稿: とらひこ | 2008年12月18日 (木) 00:02

ををー耳寄りな情報!ちょうど沖縄へ行くので千代金丸見に行きます。

投稿: 震電 | 2008年12月19日 (金) 00:11

>震電さん
千代金丸だけでなく、那覇市の所蔵する尚家資料には宮古から献上されたという治金丸や脇差の北谷菜切などもあります(いっぺんに公開されていないかもしれませんが)。ぜひ一度ご覧になってください。

投稿: とらひこ | 2008年12月22日 (月) 18:14

>とらひこ先生
 さきほど日付が変わる時間に那覇からもどってきました。
 パレットくもじの那覇市歴史博物館いってきましたよ~
 でも、お目当ての千代金丸は展示されてませんでした。    (TOT) もう展示期間すぎちゃったのかしらん。
 あーでも国際通りのわしたショップで「だれも見たことのない琉球」が置いてあったので買いました。松尾のカフェでケーキ食べながら時間のたつのを気にせず読みふけってしまいました。book

投稿: 震電 | 2008年12月24日 (水) 01:03

記事の紹介ありがとうございます。単なる琉球時代のありふれた刀というのではなく、大変由緒をもった刀の展覧会だったのですね。尚家伝来品の歴史的由緒からいって、この記事に紹介されている刀や槍の信憑性はかなりあると思います。

こうした刀剣類が現在も沖縄の旧家に現存しているか、一度網羅的な学術調査が是非行われてほしいものです。

投稿: サールー | 2008年12月25日 (木) 09:48

>震電さん
これは大変失礼しました。僕が見に行った時はたしかに展示されていたのですが・・・展示品は定期的に入れ替えをするのでしょうか。

拙著の購入もまことに感謝ですm(_ _)m千代金丸のイラストも描いてありますので、少しだけ雰囲気をつかんでいただけたらと思います。

>サールーさん
紹介が遅れてすみませんでした。大正5年の新聞記事でした。いちおう刀剣類の調査はされたようですが、まだ各士族家に所蔵されている可能性があります。また現存していなくても、戦前まで伝来していたとの証言も得られるかもしれません。

投稿: とらひこ | 2008年12月26日 (金) 08:53

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