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2008年10月16日 (木)

5円の使い道(5)

5円の使い道(5) 弥次郎
▽俺は公明正大だ

車(人力車)は闇をつらぬいて1潟10里と走る。濡道(しったいみち)に入り美栄橋を渡り、十貫寺通りをまっすぐに崇元寺橋にかかった。崇元寺は橋いつ見ても納涼客がいっぱいだ。こいつらを一つ驚かしてやれと言って、幌(ほろ)の下から風船玉を放った。さっきちょっと言い忘れたが俺の同僚その他の者に見つかるまいと幌深く顔を隠していたのだ。風船玉は都合よく3個投じたが何の影響もなく、3個とも闇から闇にコロコロと転げていった。一つとして満足に飛べなかった。交番所の前でちょっと車をとめて時計を見ると、まさに10時10分であった。コリャ大変時間(ひま)取ったものだ。同交番所わきに火の番と消防の倉庫が建設中であるが、そんなことにはかまわずサッサと泊前道に折れた。

▲鱶で問題になった
鱶(ふか。サメ)で問題になった国吉医院の前を通る時、俺は敬意を表せざるをえなかった。さっそく風船玉を5個投げて首尾よく飛んだか、首尾よく地に落ちたか、後をも見ずに車は宙を飛んだ。潮の落ちた泊の入り江は泥くさい風が生ぬるく吹いて、泊アーカー(*)の恋物語も、今いずこにかあるだ。我は恋ならぬ幌車5円の金も使いかねて風船玉とは、出雲の神(*)にも見放された。よくよくの薄馬鹿大将だと

▲泊アーカーにも
泊アーカーにも敬意を表して風船玉1つを見舞い、泊高橋に折れると、ちょうど俺の後ろから襲いかかるがごとく那覇行きの電車がゴーとうなって過ぎた。高橋の上にも首里行きのが座をすえて待っている。電車の客は電灯の光でパッと照らされて男も女も鮮やかな姿を浮かしている。中に泊アーカーの女みたような絶麗の美人が一人くらいはいそうなものだが、思うぐらいであった。ここでまた風船玉を一つ放り出した。何のつもりか我ながらわからぬ。少し気が変になってはいないかと思った。電車に追い越されながら、そのベルの音を後に聞きつつ若狭町通りを走る。

▲旧番地の裁判所
裁判所前を通るとき、ふと思い出して笑った。那覇区の番地変更はすでに全区にわたってすんだことだが、この裁判所ばかりは閑却されていまだ番地札が旧態依然だと、「区吏の目に 裁判もれて 旧番地」と一句しゃれて行き過ぐれば、車は西武門の電灯光裡に暴露した。何やら大きな黒いものが線路外に横たわって群集がガヤガヤしているのは軌道会社の鉄橋であった。アア、これは観音堂下の線路に使用するものだなと思った。ここで下車したが、車賃12銭(*600円)は安かった。(つづく)

(「琉球新報」大正3年《1914年》7月23日)

泊アーカー …泊阿嘉。琉球歌劇。明治末から大正の初め、組踊・琉球歌劇などの形式で有力劇団の公演にかけられ大ヒットした。阿嘉の樽金(たるかに)と泊村の鶴(ちるー)の悲しい恋物語。泊高橋はその舞台。
出雲の神 …縁結びの神として有名な出雲大社のこと。

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