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2008年9月25日 (木)

5円の使い道(2)

5円の使い道(2) 弥次郎
▽俺は公明正大だ

ソソクサした気分でしばらく市場のまんなかにポカンとして立った。さてこれからどこへどう潜りこもうか、よしよし、まあ氷屋にでも入れと、イの一番「先客万来」の暖簾(のれん)をくぐった。五間に仕切った客席、まんなかに帳場を張って和装琉身のおかみさんがひかえている。「いらっしゃい。ご案内を」。俺は財布の入った重たい袂(たもと)を気にしながら入口に近い一間に腰をおろした。

▲金時100杯だ
「何にいたしますか」と短褐(たんかつ。丈の短い粗末な服)半裸体のオンチュー(おじさん)が注文を聞く。「金時を・・・エー金時1杯」 ―氷をけずる音を聞きながらキョロキョロと見まわすと、注文書きのビラの薄汚いこと。一面煤(すす)だらけで去年の名残りをとどめている。さえあるに、ところどころ油のしみが付いている。土間には天井からねずみが小便した跡さえありありダッ、ありありダッ。俺は馬鹿らしくなった。これからねずみの小便で金時100杯、イヤ95杯たいらげなければ4円83銭をなくすることはできないのだ。

▲洋服姿の3人男
と考えつつ、金時1杯進まぬながら舐めて、今度は何を食おうかと例の油の跡のにじんだビラをながめると、ビラ尻に氷ビールとある。金時95杯は思いとどまって氷ビールを注文して静かに待っていると、洋服姿の3人男が靴音高く入ってきた。すだれ越しに顔を見ると、真っ先の男は菅野南風原校長、次は平田東風平校長、今一人はどこかの校長。3校長はズッと奥の一間へ陣取った。

▲何を注文するか
何を注文するかと思ってみてみると、やっぱり島尻の3名士も俺と同感で金時を・・・であった。氷ビールというのは朝日(ビール)に氷をカチワリにしたのをコップに盛ったのであった。校長さんたちはおかわりを取って3人とも額をつき合わせて、やがて開かるる夏季講習会の話などしてたらしい。平田君の声が少し調子高い、ほかは教育家らしい態度を保って、いかにも物静かであった。

▲とうてい実行家にあらず
次に入ってきたのはどこかの小僧さんと近所の娘を連れてきたらしい主前(しゅめー。親父)さん。暖簾の風を平凡に吹いて先客万来もこれでは怪しいと思わせたが、ソレよりもこれからの俺がよほど怪しい。ときどきコップをおろしては窓から往来をながめたりして、落ち着きかねている。相棒の喜多八は今頃どうしてるのだろう?彼奴(きやつ)、奇抜なことをする男だからきっと

▲一筋縄では否
一筋縄ではいかぬ横着なことをやらかしてるのだろう。それにくらべると俺はとうてい実行家にあらずだ。俺の最初の計画は、俺ながら風流絶奇と思ってたのだが出遅れ、オジャンになったと考えながら、早く尽きよかしとヤケにうなった。ビールがなかなか減らない。とうてい2杯ぐらい、ソッと机の下にこぼして立ち出でたが、勘定35銭(*1750円)はべらぼうに安いなァ。3円ぐらい取ればよいのに・・・(つづく)

(「琉球新報」大正3年《1914年》7月19日)

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2008年9月18日 (木)

5円の使い道(1)

大正時代の沖縄の新聞「琉球新報」に、面白い企画モノの記事が載っていたので紹介します。記者の弥次郎さん、会社から突然5円(現在価値で2万5000円。当時の1円=5000円で計算。あるいは当時の沖縄ではもっと大金に感じたかも)をわたされ、それを一晩のうちに使い切るという何ともふざけた企画。

現在のテレビのバラエティ番組で芸能人がスタッフからお金を渡され、それを自由に使って遊ぶという企画があったりしますが、何と100年前の沖縄でも同じようなことをしていたわけですね(笑)いきなり大金をわたされた弥次郎さんは、いったいこれをどのように使い切るのでしょうか?

(注)記事の文は現代読みになおしてありますが、内容の改変はありません。

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*********

5円の使い道(1) 弥次郎
▽俺は公明正大だ

金5円(*現在の25000円相当)なり。一夜のうちに使ってこい。ただし不健全な場所には立ち入るべからず。傍観的態度ならあえてかまわぬ。公明正大にせよ。すみやかに出発すべし」との命令。

オット、承知の介(すけ)。飛び出そうとしたが、なかなかこれは難問題じゃ。俺の知恵、俺の手腕ではどうかなと二の足を踏んだが、しかたがない、どうせ馬鹿の知恵は後からだ。ろくな使い方はえしまい、笑われるに決まっていようが、金5円!そうだと懐(ふところ)にしまいこんで社を出たのが7時半。

△まだ暮れぬから
暮れきって人顔がぼんやりする頃、いよいよ着手するにしかずと、しばらく跡をくらましていろいろ計画を立ててみたが、どうもこれぞという妙案も浮かばない。案を立てては崩し、崩しては立てするうちに時間は容赦なく進行して、警察の時鐘はゴーンとまず俺の胸をドンと響かせて続け、玉に打って8時を報じた。あたりもはや夕闇の幕に閉ざされて、木々を渡る風も薄冷えて涼しい。俺は今、とある家の門を立ち出でて薄暗い小路を出る。

△まず金をくずそう
懐にあるのは5円紙幣。まずこやつをバラバラにくずしてからかかろうと、石門のとある雑貨店の店頭に立った。俺の風体はみすぼらしくできている。宛然(そっくりそのまま)、一個の田舎代用教員か在郷軍人の那覇のぼりというところだ。その心持ちになって戦々恐々の体よろしく、あたりに不良少年はいないかと眼をくばりながら、さて何を買おうと額の汗をぬぐおうとしたが、ハンケチがない。扇子を取ろうとして腰に手をまわすとこれもない。散々トチって手ぬぐい1本5銭(*250円)、扇子1本12銭(*600円)よろしいと仕入れて店頭を離れたが、前途なお遠し、4円83銭(*24150円)ある。

△泥棒の気分
田舎代用教員の気分を味わって短身―この場合、短身と感じた―石門を出て警察署通りに出ると、すれちがったのは那覇署の久場刑事だ。店明かりに見た刑事の顔は俺をにらんでいるようにも思われたのでヒヤリとした。俺の懐中には今、俺の金のでない金がひそんでいる。ソレを一夜中に無目的に使っちまうというのだから危険だ。俺は泥棒ではないが刑事の眼もそれで光ったのじゃないか。思うともなく思うと、自分で自分が泥棒のように思われドキンとして、俺は全く泥棒気分になった。(つづく)

(「琉球新報」大正3年《1914年》7月18日)

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2008年9月11日 (木)

最新・琉球の歴史(10)

琉球王国の終焉、「日本」のなかへ

幕末の混乱を収束させ、明治維新を達成した日本の新政府は近代国家の領土を画定させることを急ぎ、琉球併合に向け着々と準備を進めます。

1872年(明治5)、琉球王国は「琉球藩」として明治天皇から“冊封”されます。さらに琉球人が台湾に漂着して現地民に殺害された事件をきっかけに日本は台湾へ出兵し、琉球漂着民を日本国の属民であることを清朝側に認めさせてしまうのです。

次いで明治政府は琉球に対して清朝との外交関係(朝貢関係)を停止することを強要します。琉球側はこの撤回をはかるべく請願をくり返しますが、小手先の外交戦術で事態を打開できるほど状況は甘くなく、琉球は「近代」という時代の激流に呑み込まれていきます。1879年(明治12)、明治政府から派遣された松田道之は軍隊と警察をともなって首里城に乗り込み、琉球藩の廃止と沖縄県の設置を通告します(琉球処分廃琉置県ともいう)。国王尚泰は東京へ連行され、ここに500年あまり続いた琉球王国は滅亡します。

沖縄県設置に反対する琉球の士族たちはひそかに中国に渡り、王国復活をめざして清朝に救援を求めます(脱清人)。宗主国だった清朝は日本の琉球併合に抗議し、アメリカが調停するかたちで日本と清朝で琉球王国を分割する案が出されますが、琉球側の意向を無視した分割案に対して中国内で活動する琉球人らは猛反発し、結局、交渉は先送りされます。

王国復活の動きも、日清戦争で清朝が敗れると沈静化し、琉球は以後「日本のなかの沖縄」として歩みはじめるのです。

(おわり)

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2008年9月10日 (水)

イラストで歴史講座!

桜坂市民大学の目からウロコな沖縄歴史講座、いよいよ第4期、11月よりスタートです!

(1)桜坂市民大学「イラストで学ぶ沖縄歴史」
講座内容:アカデミー
講師:上里隆史(『目からウロコの琉球・沖縄史』『誰も見たことのない琉球』著者)
場所:桜坂劇場(〒900-0013 沖縄県那覇市牧志3-6-10)
日程:11月4日(火)スタート(全5回)
時間:毎週火曜日 21:00~22:30
定員:30名
対象年齢:16才以上
受講料 :9000円
材料費 :1600円(テキスト代。拙著『誰も見たことのない琉球』ボーダーインク刊。すでにお持ちのかたは必要なし)
持参物 :ノート、筆記用具
注意点 :なし

内容:最新の琉球歴史ビジュアル読本『誰も見たことのない琉球』を著者である講師がわかりやすく丁寧に解説します。イラストで学ぶから初心者でも安心。神秘のベールに包まれた古琉球の世界が今、明らかになる!本にかくされた楽しい裏話も満載です!

(2)桜坂市民大学「目からウロコの沖縄史」
講座内容:アカデミー
講師:上里隆史(『目からウロコの琉球・沖縄史』『誰も見たことのない琉球』著者)
場所:桜坂劇場(〒900-0013 沖縄県那覇市牧志3-6-10)
日程:11月7日(金)スタート(全5回)
時間:毎週金曜日 12:15~13:45
定員:30名
対象年齢:16才以上
受講料 :10000円
材料費 :0円
持参物 :ノート、筆記用具
注意点 :なし

内容:最新の琉球歴史ビジュアル読本『誰も見たことのない琉球』、『目からウロコの琉球・沖縄史』の著者である講師が面白い沖縄の歴史をわかりやすく紹介します。学校の授業では絶対できない面白い歴史の話がいっぱい。暗記の必要はまったくありません。初心者でも楽しくきくことができます。

今回は何と、とらひこ新作の最新歴史ビジュアル読本『誰も見たことのない琉球』をテキストに、イラストで沖縄の歴史を紹介します!ぜひぜひご参加ください!

お申し込み・お問い合わせは【こちら】まで!

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2008年9月 6日 (土)

目からウロコ通史編!

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現在、連載中の「最新・琉球の歴史」をより多くの人に読んでいただくため、ここの部分だけを独立させて一つのブログにまとめてみることにしました!

目からウロコ!最新・琉球の歴史

記事は順次、追加していきます。

「沖縄の歴史を簡単に知りたい」「新しい沖縄の歴史はどうなってるのか知りたい」というお知り合いの方がいましたら、是非ここを教えてあげてくださいね。

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2008年9月 4日 (木)

最新・琉球の歴史(9)

近世体制の行き詰まり

蔡温は近世琉球の体制について、「日本と中国との関係を維持するために、実際の国力以上のことが求められている」と述べています。日本と中国との外交には多額の経費が必要であり、また農耕に適さない島国の琉球では、日本と同水準の農業社会にするにはもともと無理がありました。近世琉球の体制は自転車操業的な面が少なからずあったのですが、ひとたびボタンを掛けちがえると、とたんに成り立たなくなってしまう構造を持っていたのです。

19世紀に入ると国王や将軍が短命で次々と交代したため、短い周期で幕府への使節派遣や国王任命の式典を行わなくてはならなくなって財政は極度に圧迫され、さらにたび重なる自然災害(たとえば先島地域を襲った大津波)が発生して農村地域が破綻状態となり、年貢をほとんど徴収できなくなる事態となります。王府は各農村に特使を派遣して財政再建に乗り出しますがほとんど効果はありませんでした。

王府の財源である農村が破綻すると、国家存立に必要な外交の経費をまかなうためヤマトからの借金を重ねなければならず、財政は慢性的に悪化し、その返済のために農村への負担がさらに増していくという、負のスパイラルにおちいっていきます。

一方、ヤマトの幕藩制国家のシステムも次第に行き詰っていきます。薩摩藩も天文学的な負債を抱えていて(このため、明治維新へとつながる幕末の藩政改革が実行されるのですが)、その負担が転嫁され琉球経済を大混乱に陥れます。このようにヤマト経済とリンクしていた琉球にもシワ寄せが来て、国家経営は一層厳しいものとなっていったのです。

対外情勢も追い打ちをかけます。産業革命以降の欧米列強のアジア進出は琉球にも押し寄せ、欧米艦隊が次々に琉球へ来航し、アメリカのペリー艦隊も琉球を訪れます。ペリーは琉球を拠点に幕府との開国交渉を行うのです。王府はしたたかな外交戦術でペリーを翻弄しますが、その圧力に抗しきれずに修好条約を結びます。また中国清朝は太平天国の乱やアヘン戦争などで衰退し、中国を中心とした東アジアの国際秩序(冊封・朝貢体制)は揺らぎはじめます。

(つづく)

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