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2008年6月26日 (木)

按司の本名

按司(あじ)というと、琉球が統一される以前に各地のグスクに割拠していた首長(領主)として知られます。支配する領域の地名を冠して、たとえば「中城按司」とか「名護按司」とか呼ばれます。この按司、かつては沖縄島だけでもかなりの数がいたはずですが、一部の按司(たとえば護佐丸や阿麻和利など)をのぞいて、彼らの名前はまったく知られていません。

近世(江戸時代)になると、大城按司・真武とか南風原按司・盛忠などの名前が士族の元祖として各家の系図に登場します。しかしこれらの名前は当時の命名方法からは大きくはずれています(古琉球の時代は名乗り頭も持つ名前は存在せず、童名しかない)。彼らが当時、本当にその名で呼ばれていたかは確かではなく、後の時代に付けられた可能性が高いといえます。

では彼ら按司はいったいどういう名前だったのでしょうか。実は中国の記録に彼らの名前が残っています。これは琉球から中国に派遣されたため、その名が記されたというわけです。中国側では按司のことを「寨官(さいかん)」と表現しています。「寨」とは「とりで」を意味します。つまり「グスクの官」という意味で、按司のことと考えられています。

名前には、たとえばこんな例があります。

1392年に中国に派遣された寨官の子、実他盧尾(したるもい)。1413年に派遣された寨官の子、周魯毎(じるもい)・恰那晟其(ちゃなさち=茶湯崎?)。

難しい漢字で書かれていますが、これは琉球語の音を漢字で当てたものなので(こちら参照)、「実他盧尾」は「四太郎思い」、「周魯毎」は「次郎思い」と考えられます。「思い」とは接尾美称で、たとえば尚真王の別名「おぎやかもい」は「おぎやか+思い」、親雲上の古琉球での名称「大屋子もい」は「大屋子+思い」となります。

彼らは「寨官」の子とあって按司その人ではありませんが、後に帰国し成長した際には父の按司の座を継いだ者もいたはずです。

つまり、中国側に残されている按司の子の名前は、ちゃんと当時の琉球風の名前の付け方にのっとっていることがわかりますね。リアルタイムで記された史料で按司の名前が残されているのは1501年の玉陵(王墓)の碑文ですが、そこには按司がすでに王族の名称に転化しているものの「ごゑくのあんじ、まさぶろかね(越来の按司、真三郎金)」というふうに表現されていて、古琉球期の按司の呼び方をうかがわせます。「真三郎金」の「真」は接頭、「金」は接尾美称です。

というわけで、三山時代や按司が割拠していたグスク時代には、按司は「~の按司、○○○」と呼ばれていたと考えられます。先に紹介した大城按司真武は、童名が「思武太金(うみむたがね)」なので、「大城の按司、思武太金(うふぐすくのあんじ、うみむたがね)」と呼ばれていたはずです。

参考文献:『明実録』、沖縄県教育委員会文化課編『金石文』

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2008年6月21日 (土)

NHKに出演!

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…実はワタクシ「とらひこ」、

NHK総合「きんくる 沖縄金曜クルーズ」 (2008/6/6 夜7:30~8:00)

に出演しました!

番組のテーマは沖縄伝統のボートレース「ハーリー」。

簡単にですが、琉球王朝時代のハーリーの様子などの歴史解説を担当。

あの津波信一さんやモデルの新城愛理さん、NHKアナウンサーの飯田紀久夫さんとの共演でドキドキでした(笑)

それにしても、21世紀のハーリーの進化っぷりにはビックリさせられます。

 

詳しい番組の様子は【こちら】からどうぞ!

 

出演者&制作スタッフの皆さん、どうもありがとうございました!また呼んでくださいね!

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2008年6月17日 (火)

単行本第二弾!

前作『目からウロコの琉球・沖縄史』は序章にすぎなかった・・・

とらひこ単行本の第二弾、ついにボーダーインクから発売です!

その名も・・・

《琉球の歴史・ビジュアル読本》 

『誰も見たことのない琉球』!!

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今度は何とビジュアル版、古琉球の世界をイラスト・図解で完全再現!最新研究や資料をもとに、これまで誰も見たことのなかった古琉球の社会・文化を沖縄歴史本では初めて、目に見える形で復元します。

もちろん《図・イラスト・文》は全てワタクシ、「とらひこ」作

巻頭カラー「大図解・これがリアル古琉球だ!」は衝撃、圧巻。従来の歴史理解の再考がせまられます。神秘のベールに包まれた古琉球の世界。誰も見たことのない「琉球」の姿を、あなたは目撃することになるでしょう。

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さらに「目からウロコ」な歴史コラムも前作同様に載ってます。

近日発売、予約の受付開始です!

予約は【 こちら 】から!

【画像】は新作単行本の一部(見本)。クリックで画像が拡大します。

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2008年6月 9日 (月)

100年前のラブレターを読もう!

桜坂市民大学のとらひこ担当講座、おかげさまで人気爆発!受講される方々が多数いらっしゃいます。そして第三期講座の募集がいよいよスタートです!今回は特にご好評いただいた大正時代の新聞投書にしぼって講座を開催します。

(1)桜坂市民大学「100年前のラブレターを読もう」

講座内容 :アカデミー
講師 :上里隆史(『目からウロコの琉球・沖縄史』著者)
場所 :桜坂劇場(〒900-0013 沖縄県那覇市牧志3-6-10)
日程 :7月8日(火)スタート(全5回)
時間 :毎週火曜日 21:00~22:30
定員 :30名
対象年齢:16才以上
受講料 :10,000円
材料費 :なし
持参物 :ノート、筆記用具
注意点 :なし

内容:大正時代の「琉球新報」にあった匿名投書欄「読者クラブ」。そこに載せられた投書の中から当時の人たちのラブレターを紹介します。そのほか友情やボヤキ、爆笑事件まで、100年前の沖縄の人たちの「生」の声を聞いてみましょう!

【1】君を想いて涙の滝(7/8)

【2】ふられた恨み、晴らさでおくべきか(7/15)

【3】猛犬と壮絶バトル(7/22)

【4】永久のフレンドを結びませう(7/29)

【5】理想の男が見つからない(8/5)

※講座内容は変更する場合があります。

6月20日までに応募いただけると、何と1000円割引!さらに各割引と合わせて最大2000円OFFになります!

応募は【こちら】から   

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2008年6月 2日 (月)

琉球でピラミッドは知られてた!?

琉球王国はかつてアジアとの貿易を行って繁栄していました。そのため、琉球の人々は国際的な舞台で世界のさまざまな国の情報や知識を手に入れることになったはずです。

14世紀から16世紀にかけて、貿易船は東南アジアへも出かけていきました。そこでの重要な取引相手だったのがマラッカです。マラッカは琉球と同じように小さな国でしたが、東南アジアの商業の中心地として栄えていました。いわば「東南アジアの《琉球》」ともいうべき存在だったといえるでしょう。マラッカの港町には貿易のために世界中から人々が集まって来ていました。

16世紀の「大航海時代」に、はるばるアフリカ・インドを越えてやって来たヨーロッパのポルトガル人たちもそうです。彼らはマラッカへ到達し、さらに東方にある黄金の島「ジパング」を探し求めていました。1511年、ポルトガルは強大な軍事力でマラッカを征服しアジア進出の拠点とします。占領直後のマラッカに滞在したポルトガル人、トメ・ピレスは港町に集まる人々について、著書の『東方諸国記』のなかに記しています。

それによると、マラッカには東南アジア地域の人々、中国人や琉球人のほか、何とエジプト・カイロやメッカ、アデンなどのイスラム教徒、ペルシャ人やトルコ人、さらにはアルメニア人のキリスト教徒までいて、港町では実に84の言語が飛び交っていたといいます。カイロの商人はイタリア・ヴェネツィア船が運んできた商品をマラッカにもたらしています。このような国際都市のなかで、琉球人もまた彼らに交じって取引をしていたのです。

マラッカでこれらの国々の人と琉球人が接触していたという記録は、現在確認されているところではマラッカ人やポルトガル人、中国人以外にはありません。しかし、当時の状況で彼らと全く関係がなかったというのは不自然です。おそらく何度か取引をする機会があったのではないでしょうか。また、そうでなくても異国の人々の暮らしや文化、故郷の様子などを聞く機会はあったはずです。

そうすると、ある想定が成り立ちます。もしかしたら琉球人たちは、カイロからやって来た商人からエジプトの様子を聞いたかもしれません。ラクダのキャラバンが連なる砂漠、そびえ立つピラミッドやスフィンクス…また彼らイスラム教徒の商売仲間であったヴェネツィアの様子も知ることができたことでしょう。

…もちろんこれらには何の確証もありません。まさか沖縄のシーサーの源流はスフィンクスだった!?(な、何だってー!!by MMR)…なんてトンデモ説を唱えるつもりは毛頭ないですが、このような遠い異国の話を知る機会は、当時の琉球人にとっては充分あったと思います。

参考文献:トメ・ピレス『東方諸国記(大航海時代叢書Ⅴ)』

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