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2007年5月 9日 (水)

円覚寺から出た「クリス」

琉球第一の寺、円覚寺。首里城の北側にあり、王家の菩提寺として知られる名刹です。開山の住職は京都南禅寺の僧、芥隠承琥(かいいん・じょうこ)で、1492年(尚真王の時代)に建てられました。コラム「ヤマト坊主は外交官」でも述べましたが、古琉球の寺院はヤマト(日本本土)の禅宗と深く結びついていました。彼ら禅僧はそのネットワークを駆使して対日外交を担当し、またヤマト文化を琉球にもたらしました。琉球ではお寺が外務省と大学を兼ね備えた施設だったのです。

Photo_18 このように日本との関係が深い円覚寺なのですが、近年、円覚寺の跡から興味深いものが発見されています。「クリス」と呼ばれる東南アジアの短剣です【画像。クリックで拡大】。クリスは鉄製で全長30センチほど。蛇行した刃が特徴で、主にインドネシアのジャワやマレー半島で使われたものです。この短剣は実用的な武器というよりも、霊力を持った宗教的なシンボルとしての用途を持っていたようです。クリスが出土するのは日本初で、大変貴重な発見です。

おそらくこのクリスは東南アジアとの貿易で琉球にもたらされ、円覚寺に寄進されたものと考えられます。どのように使用されていたかは不明ですが、クリスが宗教的な性格を持っていたことから、寺院の宗教儀礼などに使われていた可能性もあります。一見、ヤマトの禅宗と東南アジアの短剣はミスマッチに思えます。しかし、琉球においてはそれほど珍しくはないのです。

ヤマト禅宗など外から来た宗教や文化は、琉球でそのまま「純粋培養」されていたのではありません。例えば王府の儀式には、琉球古来の神女(ノロ)とヤマト禅宗の僧たちが同席して、ノロは「ミセゼル(神託)」、禅僧は「お経」をそれぞれ唱えていました。ノロ信仰とヤマト仏教が共存して琉球王権を支えていたのです。また中国道教の神を祭る天尊廟には禅宗の鐘が設置されていましたし、琉球神女の頂点に立つ聞得大君(きこえおおきみ)はヤマトから渡来した弁財天や観音信仰とも融合していました。ノロの神歌(オモロ)にも「権現」や「菩薩」が登場します。

つまり、琉球にもたらされた様々な宗教はやがて溶け合い、独自の発展をとげて「琉球化」していったのです。例えば「琉球に仏教は根付かなかった」という見方は、あくまでも日本の仏教を絶対的な基準にしている見方です。インド伝来の仏教が日本で「土着化」してインドや中国仏教と全く同じでないように、ヤマト伝来の仏教はやがて琉球に「土着化」して、ヤマト仏教と似て非なる宗教になったと考えるのが適当です。

そう考えると、禅宗寺院から東南アジアの短剣が出たとしても琉球では全く不思議ではありません。東南アジアで神秘的な力を持つと信じられていたクリスが仏教儀式に使われていたとしても、特におかしいことではないわけですね。

参考文献:沖縄県立埋蔵文化財センター編『円覚寺跡-遺構確認調査報告書-』、真栄平房昭「琉球の円覚寺跡から出土した短剣(クリス)」(『沖縄タイムス』2002年2月7日)

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