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2007年2月 9日 (金)

消火ポンプを導入せよ!

沖縄にはまだまだ知られていない歴史の出来事がたくさんあります。今回は王国時代の消火ポンプ導入にかんする話です。

今も昔も変わらないのが火事の恐ろしさ。今でこそコンクリート造りで、火災報知機やスプリンクラーなど防火設備の整った家がたくさんありますが、かつての琉球の家は火事に非常に弱い木造住宅でした。しかも日常的に灯りや料理に直接火を使う危険な環境です。いったん火事になれば消すのは困難で、住宅が密集する都市部ではあっという間に燃え広がってしまいます。

琉球ではしばしば火災が発生して多くの民家に被害をもたらすことがありました。王府は住宅の密集する那覇などに防火用の池などをつくるなどの対策を講じますが、さらに1741年、「惣与方(そうくみほう)」と呼ばれる消防組織を新たにつくり、防災体制を強化します。

Photo_15 対策はこれだけではありませんでした。王府は翌年、何と当時最新鋭だった中国(清朝)の消火ポンプ導入をはかります。そのポンプの名前は「救火水龍(きゅうかすいりゅう)」。空気の圧力を利用して水を飛ばすしくみの手押し式ポンプだったとみられます。【画像。クリックで拡大】は江戸時代の日本で使われた「龍吐水(りゅうどすい)」と呼ばれる消火ポンプですが、「救火水龍」は基本的にこれと同じ構造のものだったと考えられます。

琉球は中国福建省で重さ約500キロの大型ポンプを業者に発注、進貢船に載せて琉球へ持ち帰ろうとします。ところが、ここで予想しなかった問題が発生。この消火ポンプが中国の輸出規制にひっかかり、貿易監督官から告発されてしまったのです。

琉球は中国で様々な品物を売買していましたが、何でもかんでも琉球に持ち帰れたわけではありませんでした。当時の中国には輸出禁制品があって国外持ち出しが厳しくチェックされていました。消火ポンプが禁制品だったのでしょうか…?いえ。そうではなくて、規制にかかったわけは、消火ポンプの水槽などに使われていた銅や鉄、鉛が国外への持ち出し禁止品だったからでした。

これは現代で例えてみれば、ゲーム機「プレイステーション2」が北朝鮮への輸出規制品になっているのと似たようなものでしょうか。規制は金正日にゲームをさせないことを目的としているのではなくて、ゲーム機内臓の装置が軍事転用される危険性があるからです。消火ポンプの輸出規制は琉球の火事を消させないのが目的だったのではなく、銅や鉄などの金属類の国外流出を防ぎ、またこれらを材料で兵器製造をさせないためのものだったのです。

琉球側は火事の多い国内事情を説明し、ポンプ導入の許可を懇願します。消火ポンプを国外へ持ち出そうとするのは前代未聞の出来事だったらしく、中国側も困惑し、福建の地方政府では「一度例外を認めれば将来に禍根を残すことになりかねないが、琉球が従順な朝貢国であることから、今回にかぎって認めてはどうか」、と北京の乾隆帝におうかがいをたてます。琉球の消火ポンプをめぐる問題はついに中国皇帝の裁可をあおぐ事態にまでいたるのです。

さいわい皇帝はこれを許可し、最新式の消火ポンプは無事、琉球へもたらされることとなりました。琉球では消火ポンプの持ち出し許可に対して、「まことに琉球国王、および我が臣民が望外の皇帝陛下のお慈悲にふれることは、永遠に忘れがたきことでございます!」と答えています。たかがポンプ1つに感激しすぎなような気がしますが…

すったもんだの末に導入された最新式の消火ポンプですが、実はヤマト(日本本土)の「龍吐水」導入より早く(導入は明和元年〔1764年〕)、言ってみれば、現在の「日本」で最も早く消火ポンプが導入された地域は沖縄、ということになります。琉球に導入された最新式ポンプがその後どのように使われたかは不明ですが、日本の防災史上、画期的な出来事であったのは間違いないでしょう。

参考文献:糸数兼治「救火水龍の導入について」(『歴代宝案研究』1号)

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コメント

この『消火ポンプ』の絵、どっかで見たよーな・・・
思い出しました!
子供の頃、見た歴史漫画で徳川吉宗の時代に、外国から取り寄せたという消火ポンプの図がありました。

そっか、その頃に、既に琉球に伝わってきたんですね。

投稿: MU@沖縄 | 2007年2月14日 (水) 08:46

>MU@沖縄 さん

歴史マンガに、そんなものが載ってたんですね。よく記憶されてましたね。よほど印象深い器具だったのでしょうか。江戸時代の消火ポンプはオランダ人から技術を学んだとされているようですが、もしかしたら琉球からも薩摩を通じて伝わったかもしれませんよ。

投稿: とらひこ | 2007年2月15日 (木) 00:42

救火水龍の記事興味深く読みました。
最近「琉球・沖縄歴史人物伝」という本を買ったのですが、
たまたま目にとまった山城紹首という人物でくだんの救火水龍の存在を知りました。
この本では簡単にしか触れられていなかったので、ここでまた知ることができ、嬉しく思いました。

投稿: おおっ | 2007年2月24日 (土) 00:58

>おおっ さん
訪問ありがとうございます。当記事を読んでくださって、こちらも嬉しいです。『琉球・沖縄歴史人物伝』はまだ読んでいませんが、救火水龍のことにもふれられているんですね。今度チェックしてみます。

本当は「救火水龍」の絵か写真があればよかったのですが探しきれませんでした。もし見つけたらこの記事に再掲載したいと思っています。

投稿: とらひこ | 2007年2月24日 (土) 02:26

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