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2007年1月20日 (土)

戦国インテリジェンス―海域アジアをめぐる諜報戦―(3)

朝鮮が明を裏切った?
朝鮮が大明国を裏切って日本とともに攻撃してくる――琉球からもたらされたこの情報は、明の朝廷に衝撃を与えます。

Photo_12 荒唐無稽(こうとうむけい)に思えるこの情報ですが、中国では信頼性の高いインテリジェンスとして受けとめられ、わずか数ヶ月の間に北京だけでなく中国北部、遼東半島まで「真実」としてあっという間に流布していきます。朝廷ではこの問題をめぐって議論が紛糾し、事の真偽を確認すべく、明朝の兵部(防衛省)からの指令で朝鮮へ真相究明のための使者が向かう事態となります。

琉球発の情報については、明朝の一部では疑いを持つ者がいないわけではありませんでした。しかし他のニュースソースから「朝鮮が裏切った」という同内容情報が、その後明朝に次々ともたらされていきます。

特に決定的だったのが薩摩の島津義久側近であった中国人医師・許儀後(きょぎご)と郭国安(かくこくあん)からもたらされた機密情報です。九州に一大勢力を持つ島津氏の側近からのインテリジェンスは明朝廷にとっても重大な情報として認識されたようです。

島津氏側近の中国人
許儀後はもと江西省出身で、広東の海上を航行中に倭寇に襲撃され薩摩の京泊まで連行された人物でした。彼は医師としての能力を買われて島津義久に召しかかえられ、側近として仕えていました。郭国安も許儀後とともに倭寇に拉致されて薩摩に連行され、「汾陽(かわみなみ)理心」と名乗って義久の侍医となっていた人物です。

許儀後は義久に随行して実際に秀吉にも会っており、一般の立場からは知りえない秀吉侵攻情報や実見した日本の内情などの機密情報を、薩摩に拉致されてきていた朱均旺(しゅきんおう)という福建商人に託して明朝に伝えようとしたのです。朱均旺は薩摩にたまたま寄港していた中国商船に乗って脱出、福建へ帰還し、明朝にこの機密情報を報告します。

彼らの情報は福建から北京の朝廷に伝達されてトップの万暦帝(ばんれきてい)にまで届き、以後の対秀吉戦争を通じて、講和交渉期の段階にいたっても良質なインテリジェンスとして北京中枢の官僚たちに重視されていくのです。(つづく)

参考文献:米谷均「『全浙兵制考』「近報倭警」にみる日本情報」(『8-17世紀の東アジア地域における人・物・情報の交流』科研報告書)

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