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2006年10月17日 (火)

軍艦だった琉球船

Oct17195 アジア世界で交易活動をしていた琉球王国の船は、「ジャンク船」と呼ばれる中国式の船でした【画像。クリックで拡大】。島国だった琉球は他の地域に移動するには必ず船で行かなくてはなりません。貿易による繁栄を支えていたのがこの船だったわけですが、琉球貿易船のイラストが歴史の本でさかんに登場するわりには、その内実についてはあまり知られていません。今回は琉球貿易船のヒミツについて紹介しましょう。

琉球王国が貿易でもっとも繁栄していた時代(14~15世紀頃)、その活動をになった主力の船は、実は中国から払い下げられた中古の軍艦でした。この軍艦は中国沿岸部で防衛にあたっていた「衛所(えいしょ)」や「千戸所(せんこしょ)」という軍事組織に属していたものでした。船は全長30~40メートルにも及ぶ頑丈なつくりの大型船で、火砲24門、火箭(かせん。ロケット式の矢)・神機箭(しんきせん。100発同時発射のロケット兵器)28門の強力な装備を持っていました。明朝は、このような軍艦を30隻も琉球王国に無償で提供したのです。

中古とはいえ、当時の中国の造船技術は世界一。この頃には鄭和が200隻の大艦隊を率いてインド・アフリカまで遠征しています(鄭和の旗艦は当時世界最大の船。実にコロンブスの船の5倍の大きさ)。琉球は世界最高の技術で造られた中国式の船を活用することで、アジア各地への長距離航海を可能にしたわけです。琉球はこのクラスの船を自前で造れず、老朽化したときには中国側へ修理を依頼しています。

琉球の貿易船が軍艦の転用だったのは、次のような背景がありました。明朝の初期、中国沿岸には多数の軍艦が配備されていました。なぜならこの時期の海域は「倭寇」が活発に活動して朝鮮半島や中国沿岸を荒らしていたからです。明朝は海防体制を強化し、沿岸部のいたる所に砦(とりで)を築き、30万人の兵をおいて倭寇に備えていました。このため、琉球へ無償提供できるだけの十分な船舶(軍艦)が明朝側にあったのです。

琉球に提供された明朝の軍艦ですが、装備されていた武器まではもらえなかったようです。1421年(第一尚氏の時代)、中国へ向かう琉球船が倭寇の船20隻に襲われたのですが、武器がなかったために皆殺しに遭っています。以降、琉球船は海賊に備えて貿易船に防衛のための武器を積んだと琉球の外交文書集(『歴代宝案』)にあります。つまり提供された船は武器を装備していない軍艦だったわけです。

倭寇に襲われた後、武装することになった琉球の貿易船は、おそらく先に述べたような明朝の軍艦のような武器を装備したはずです。琉球には15世紀、すでに中国式の鉄砲が伝来していたので(こちらを参照)、大砲やロケット式の矢を装備しても不思議ではありません。貿易品を満載していた琉球船は「宝の船」でしたが、武器を装備したことによって、ひとたび海賊に襲われれば軍艦としての性能をいかんなく発揮することができるようになりました。

武装した琉球船は海賊への防衛だけではなく、何と東南アジアの戦争にも参加しています。1475年のベトナムの占城(チャンパ)国と安南国の戦いで、琉球船は占城に味方して安南側を攻撃しています。このように琉球の船は貿易品を運ぶだけでなく、攻撃能力も持っていた船だったのです。

※【画像】はジャンク船。とらひこ画

参考文献:入間田宣夫・豊見山和行『日本の中世5』、豊見山和行編『日本の時代史18』、稲畑耕一郎監修『中国文明史図説9』

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コメント

琉球と中国の密接な繋がりは想像以上でした、あと琉球の人々は島から島へと渡り歩きましたよね、あの荒れ狂う大海をあの小さなサバニで移動していたのでしょうか?とても不思議です。

投稿: 島坊 | 2006年10月17日 (火) 22:02

>島坊さん
沖縄島から薩摩半島までは、実はとなりの島が肉眼で確認できるので、小さな船でも島伝いで比較的簡単に移動できたようです。沖縄島から先島までは広い海にはばまれ平安時代頃まで船で渡ることが非常に難しかったので、それまで全く交流がありませんでした。

東アジア・東南アジアなどの長距離航海だと話は別です。冒険的な航海ならいざ知らず、恒常的に、しかも着実に交易活動するには大型海船でなくては無理です。だからこそ中国の船を琉球は欲しがったのです。

投稿: とらひこ | 2006年10月20日 (金) 00:52

琉球王国=平和を愛する貿易国家、と一概には言えないということですね。

投稿: 御座候 | 2006年10月20日 (金) 21:16

>御座候さん
僕には「平和を愛する国家」という概念じたいがわかりません。“平和=秩序と安定”を軽視する国家がいったいどこに存在するというのでしょうか。

琉球船が武器を積んだのは、貿易船を守り、国家経営の根幹である交易活動を安定的に維持するためであって、武器を持った目的が混乱と殺戮を生み出すことだったのでは決してありません。その意味で、武装した船を持った琉球は「平和(秩序と安定)を愛する国家」であったといえるでしょう。

平和や戦争を考える際にはファナティックな感情論ではなく、より厳密な分析をする視点というものが求められると思います。

投稿: とらひこ | 2006年10月22日 (日) 10:40

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