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2006年5月 6日 (土)

フォーマルウェアはチャイナ服

最近の沖縄では夏にスーツではなく、「かりゆしウェア」というシャツを公式の場でも着ようとする動きが活発です。昨年の夏はクールビズということで、小泉首相がかりゆしウェアを着て登場したことがありました。高温多湿な環境の沖縄でスーツを着ることはかなりの無理があるように思いますが、ビジネスや公的な場面で全く着ないというのは難しいでしょう。実はこういった沖縄の服事情は、数百年前も似かよったものでした。

Photo_1 琉球王国の時代、今のスーツにあたるようなフォーマルウェア(正装)は何だったかというと、中国・明朝の冠服でした【画像・クリックで拡大】。琉球の正装といえば琉装では?と疑問を持つかもしれませんが、本来の正装は中国冠服です。導入されたのは琉球が中国に朝貢を開始した14世紀頃から。中山王の察度(さっと)が中国冠服を明朝に求めたのが最初です。察度に仕えていた華人の長年の働きに報いるため、彼らに中国の官職と冠服を与えてほしいと願い出たのです。彼ら華人は、「明朝から官職をもらって中国冠服を着る者が琉球の人々の尊敬を集めるし、琉球の野蛮な風俗も変わるから」という理由でこれを欲しがりました。琉球では見たこともない冠やきらびやかな絹製の高級服は、おそらく人々の注目を集めることになったはずです。

華人たちの中国冠服を見て、察度も欲しくなったのでしょう。続いて察度自身も再三の要請のすえに冠服をゲットします。これを知った北山や南山の王たちも、察度に負けじと冠服を求めます。やがて中国冠服は三山の王たちを介して臣下へも広まりました。その頃の琉球では、「中国冠服を着る者」と「着ない者」という身分の区別ができていたようです。「中国皇帝を超えた琉球王」でも述べましたが、当時の服は単なるファッションではなく、身分を表す重要な目印でした。

しかし、琉球人たちは日常的に中国冠服を着ていたわけではありません。琉球の人々は普段はゆったりした琉装を着用し(雪舟が出会った古琉球人を参照)、首里城などでの重要な儀式の場でのみ中国冠服を着るという具合でした。しかもこの冠服、代々受け継いで着ていたようで、察度が冠服をもらってから40年後、中山王の尚巴志が「以前もらった冠服はボロボロになってもう使えません。新しいのをください」と明朝に要請しています。琉球を統一した尚巴志ら第一尚氏王朝の官人は、40年間ずっと使い続けたツギハギだらけのボロ服をまとっていたということでしょうか。さしもの英雄もこれでは格好がつきません。

皆が欲しがった中国冠服なのですが、沖縄での着用は非常な苦痛をともなうものだったようです。琉球へやって来た中国の使者は、琉球人が中国冠服をバッチリきめて儀式を行っている最中、ずっと窮屈さに苦しんでいる様子を見ています。靴(ブーツ)をはいてベルトをがっちり締め、全身をおおう中国冠服の着心地の悪さは、沖縄の夏の炎天下のなかでスーツを着用するのを想像していただければ実感できると思います。中国の使者への儀礼が終わると、琉球人はさっさと冠服を脱ぎ、もとのゆったりした服を着てハダシになって帰っていったといいます。彼らの気持ちもわからなくはないですね。

※画像は明朝の冠服。とらひこ画

参考文献:豊見山和行『琉球王国の外交と王権』、夏子陽『使琉球録』(原田禹雄訳注)

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コメント

はじめまして。

私は、若い頃から人生についていろいろ考え、
人間はどこから来て、何のために生きて
どこに向かって生きているのかを問い続けて来ました。

ところで、「目からウロコ」という言葉は、最初に聖書に
出て来ることをご存じでしたか?
キリストとその弟子を迫害していたパウロ(サウロ)が、復活して栄光に輝くキリストに出会って、目がみえないようになり、再び目が見えるようになったときの記事です。
「するとただちに、サウロの目からうろこのようなものが落ちて、目が見えるようになった。」(使徒の働き9:18)
「目からうろこ」はここから始まったのです。

神の存在、人生の意味は何か、いのちと死の問題」など
について、初心者にも分かりやすくブログでキリストの福
音を書き綴っています。

どうか、時間のあるとき、ご訪問ください。

http://blog.goo.ne.jp/goo1639/

goo1639@mail.goo.ne.jp

投稿: Mr.dosan子 | 2006年5月 8日 (月) 22:56

> Mr.dosan子さん

「目からウロコ~」の由来の情報、ありがとうございます。

これを知り、僕も目からウロコです。

投稿: とらひこ | 2006年5月14日 (日) 12:07

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