« 「万国津梁の鐘」の真実 | トップページ | 尚家国宝の裏話 »

2006年3月21日 (火)

沖縄人=アイヌ人=縄文人??

沖縄人(ウチナーンチュ)の身体の特徴は、毛深い・色黒・顔の彫りが深い・ガッシリしてる…などがあげられます。本土の日本人(ヤマトンチュ)と比べてもその違いが一目でわかりですね。北に目を転じてみると、アイヌと呼ばれた人々もまた、沖縄人とよく似た身体的特徴があると言われます。この理由は一般的に、日本列島にいた原日本人(縄文人)のなかに、大陸からやってきた渡来人(弥生人)たちが本土に住みつき、北と南で縄文人たちが残ったと考えられています。つまり沖縄人=アイヌ人=縄文人ということですね。

しかし最近の形質人類学や遺伝学の研究では、別の説が出されています。沖縄人は本土日本人(ヤマトンチュ)の系統だというのです(※再追記)。そんなバカな!と思う方もいるかもしれません。

まず1万8千年前の沖縄にいた有名な港川人を見てみましょう。復元画像を見るとたしかにウチナーンチュっぽく見えますね。その骨格は縄文人と共通する部分もあり、縄文人の先祖になったといわれています。しかし、港川人とその後の時代の沖縄で発見された人骨は1万年もの長い空白があり、沖縄人の直接的な先祖かどうかは、この空白を埋める発見がないと確かなことは言えません(港川人は絶滅した、と考える説もあります)。

現在の沖縄人の直接的な先祖といわれるのがグスク時代の人々です。実は、この時代になって沖縄人の人骨の形質が劇的に変わります。これ以前の貝塚時代の人々は縄文人と若干似ているようですが、やはり同一といえるほどではなく、縄文人とは別の「南島人」とされています。貝塚時代の南島人の形質はグスク時代になると中世日本人の形質とほとんど変わらなくなってくるのです。

この背景には日本本土からのヒトの流入があったとされます。現代につながる沖縄人の形質は本土日本人のグループに入るということです。しかし本土日本人と全く同じということではなくて、本土日本人には見られない東南アジア方面の形質も見られ、遺伝的にも南アジアからの遺伝子が沖縄人にあるといいます。沖縄人の形質は本土日本人をベースに様々な地域の人々の特徴も見られるということです。

最近、浦添ようどれで英祖王の一族の骨が調査されました。その結果、王族には中世日本人に近い特徴(顔がのっぺりで平坦、出っ歯)が見られたのみならず、中国南部のDNAを持つ者もいたことがわかりました。交易で様々な人々が行き来していた沖縄の状況を反映するものといえるのではないでしょうか。

ウチナーンチュがヤマトンチュのグループに非常に近い関係にあることはほぼ間違いなさそうです。ただし、たとえ同一人種・同一民族だからといっても、同一国家であるべきだ、とはただちになりません。

たとえグスク時代以降の沖縄がヤマトの影響を強く受けたとしても、琉球諸島に住む人々は「琉球」という自らの国家と文化を形成し、島津氏に征服されるまでは一度たりとも外国の実効支配を受け入れたことはありません。沖縄が「日本」なのは、純粋な日本を残してるからでもなく、同一人種だからでもありません。政治的・歴史的な動きの結果にすぎません。

現在の歴史学では、単一民族=単一国家史観はすでに過去のものになっています。僕は今生きている現在の沖縄を否定するつもりはありませんが、全ての現在の状況は最初から「あるべき姿」が決定されていたのではなく、歴史の変動のなかで形成され、つくられた結果なのだと思います。

【追記】多くの方がこちらの記事を参照されているようですが、注意してほしい点は、遺伝上の起源や「血」で直接「民族」を定義・分類できるわけではないということです。民族は「科学的」に定義できるものではないのです。人類学的な形質が相似していることで単純に大和民族=琉球民族とならないことに注意。民族とは究極的にいえば「われわれは独自の集団だ」とその人々が考えるだけで成り立つものです。この問題については【こちら】を参照のこと。良記事です。

※【再追記】2012年11月1日、DNA配列の解析により琉球人とアイヌとの近縁性が高いことが証明されたとの報道がありました。日本人の二重構造モデルが裏付けられたかたちになったわけですが、本ブログで述べたような沖縄人と本土日本人との近縁性があること(今回の研究結果がこの事実自体を否定することにはなりません)との関連をどう評価すればいいのでしょうか。

今回の研究では同時に「琉球人は、九州からもたらされた稲作農耕を受容するとともに、本土日本人との遺伝子交流が歴史時代を通じて存在した」とも述べており(こちら参照)、近縁関係の距離の図式を見ると、確かにアイヌは本土人と比較して沖縄人のほうが近い。しかし近縁関係の距離でみると、沖縄人と本土人は近く、アイヌはかなり離れています(こちら参照)。

Dna

つまり「アイヌは本土人と比較して沖縄人と近い」のですが、同時に「沖縄人はアイヌと比較して本土人と近い」といえます。

「起源」ではなく現代までの「混血の様相」の過程に注目したのが、本ブログで述べた一連の研究なのではないかと考えますが、いずれにせよ今回の研究結果について専門家の意見を待ちたいところです。

※沖縄人ルーツ「日本由来」との調査結果も(2014年9月17日)【こちら

参考文献:安里進・土肥直美『沖縄人はどこから来たか』、浦添市教育委員会「浦添ようどれ石厨子と遺骨の分析結果について」

※ランキング投票よろしくお願いします(下をクリック)

banner

|

« 「万国津梁の鐘」の真実 | トップページ | 尚家国宝の裏話 »

コメント

沖縄の人は、「沖縄人はどこから来たのか」的な話にとても興味を持つんですが、最新の研究成果に基づいたこの手の話は、やっぱりおもしろいですよね。本もロングセラーです。
『島の先史学』という本を作ったのですが、それもとても楽しい作業でした。一種の目からウロコ本でした。
そして最近の興味は……「沖縄人はどこへ行くのか」ですね。

投稿: ボーダーインク | 2006年3月25日 (土) 12:57

>ボーダーインクさん

『沖縄人はどこから来たか』はボーダーインクさんの出版でしたね。

「目からウロコ」というのは歴史学の醍醐味のひとつだと思います。絶対的だと見える現在の常識、既成概念などを見事に打ち砕いて、我々の思考を柔軟にしてくれるように思います。

歴史を学ぶことは未来を構想するための手助けをしてくれるのではないでしょうか。

投稿: とらひこ | 2006年3月26日 (日) 22:36


国家民族なんて幻想だよ
って誰かが言ってたが

それも相手次第って事か・・・


投稿: シベリア鶴 | 2006年4月10日 (月) 11:14

>シベリア鶴さん

どこの国家に帰属するかどうかは、あくまでも現在を生きる人々がよりよく暮らせるかどうかの視点から選択されるものなのかなと思います。

歴史的な由来や同民族かどうかという問題は、それ自体が同一国家に帰属すべき理由にはなりえないということです。

とはいえ沖縄の帰属問題はすでに決着済みだとは思います。

投稿: とらひこ | 2006年4月11日 (火) 18:49

宝来博士の時代には縄文人のDNAは3体のみの分析だったのですが、その後50体分析した結果、縄文人固有のDNAなど存在しなかったんですよ、(アジア全土に分布、弥生も同じ)最近ではミトコンドリアゲノムの解析でも従来の縄文、弥生の2重構造説も否定されています、日本人グループのゲノムが最も多様で従来流入により日本人が誕生と思われていたのが、どうやら逆で拡散の拠点らしいと判明しています。

投稿: wakatakeru | 2006年6月12日 (月) 20:22

>wakatakeruさん

なるほど。ご教示ありがとうございます。僕はその分野は詳しく知らないのですが、科学技術の進歩でさらに精緻な分析が可能になって、新たな事実が次々と明らかになっているようですね。

投稿: とらひこ | 2006年6月16日 (金) 22:03

やはり琉球人は日本人ではなかった。観光で3日間行ったがひどいものであった。団体の観光バスの中で3日間も”自分たちは日本人(ヤマトンチュウ)に戦争においてひどく殺された。殺された。”と四六時中聞かされ続けた。我々団体の中には原爆でやられた広島、空襲で多く死んだ東京の人もいたが、戦争での被害者は琉球人だけではないはず。それが理解できないのは、彼らは日本人という意識がない。日本から放して独立さすべきだという結論に達しました。琉球は独立運動をすればよろしいと思う。ガス田が近くにあるのでそれをもって中国と交渉すればよかろうと思う。他人の立場、言い分を一切認めようとしない人種は日本人としては失格であろう。

投稿: 日本人 | 2007年12月28日 (金) 21:46

>日本人さん

近代に琉球王国が日本帝国内に併合されて以降、ヤマトは沖縄を無視し続け、そして戦争中の捨石となって多くの人々が沖縄で命を落としたことは厳然たる歴史的事実です。ただ、沖縄の人々が独立を口にする場合、僕は「憎しみのはけ口」や「ヤマトに対する復讐」としての独立は絶対にいけないと考えています。

僕は沖縄の政治的選択肢としての独立はあっていいと思います。ただし独立するかどうかの判断で最も重要なことは、現代を生きる沖縄の人々が幸せになれるか、そして多くの人がその選択肢を選ぶかどうかです。沖縄県民の九割以上が「日本に復帰して良かった」と答えている現実もまたあります。

僕はあなたが観光で会った沖縄の人たちの考えとは一線を画しますし、彼らが沖縄の意見の一部として確かに存在するものの、全体の意見ではないと思います。一部の人たちを見て全てを決めつけるのではなく、もっと多くの人の意見を聞いてからでも判断するのは遅くはないのではないでしょうか。

投稿: とらひこ | 2007年12月28日 (金) 22:37

こんばんは。
今日アイヌについてETV特集が組まれていたのですが、
顔の濃さというか、そこにアイヌとして登場してくる人々は、
沖縄の人々にとてもよく似ていることに衝撃を受けました。沖縄人=アイヌ人=縄文人を支持するものではありませんが、想像力が膨らみます。偶然なのか、それとも科学的説明が可能なのか?

投稿: なお | 2008年1月13日 (日) 23:53

>なおさん
テレビでそういう番組がやってたんですね。

たしかにアイヌと沖縄人はとても良く似た印象がありますが、例えばアイヌのように彫りが深いといわれる沖縄の人たちを実際に計測してみると、アイヌほどではなく彫りが浅かったという結論が出されたそうです。我々の印象が、科学的に見れば全く違う結論になってしまうという例だと思います。

とはいえ遺伝子の面で両者は共通するものもあるようですから、この問題は遺伝子のほか様々な分野から総合的に検討すべきものだと思います。

投稿: とらひこ | 2008年1月14日 (月) 10:29

縄文人特有のY遺伝子D系統(YAP+)遺伝子は
アイヌ人88%、沖縄人56%、本土日本42~56%の
割合で混ざっているそうです。

若干沖縄人の方が縄文人特有の遺伝子を
持っている割合が高いですね。

http://photoimg.enjoyjapan.naver.com/view/enjoybbs/viewphoto/phistory/89000/20070729118570733493125400.gif

投稿: てい | 2008年5月11日 (日) 11:28

>ていさん
ご指摘の図、見てみました。たしかにYAP+遺伝子の割合は若干高いですね。

ただ、この図の正確な見方は門外漢なので確かなことは言えませんが、全体の遺伝子構成は沖縄人はアイヌよりも日本の本州・九州人のものに近い感じがします。

僕には沖縄人が本土日本人のグループに近いことを裏付けるようなデータに見えますが、まあ印象なので確証はないですけどね。


投稿: とらひこ | 2008年5月11日 (日) 15:02

アイヌ人は沖縄じゃなくて北海道でしょ・・・

投稿:   | 2008年7月 4日 (金) 17:44

…?アイヌは北海道ですが?

二重構造論をお調べになってください。

投稿: とらひこ | 2008年7月 4日 (金) 22:57

古代琉球人のルーツは東南アジア人と後に渡来したアンゴルモア人とが混血したもの。海底遺跡がそれを物語っています。
アイヌ人のルーツは古代イスラエル人の失われし10支族の1つであると云われます。つまり天狗ですね。
私が言いたいのは、沖縄人とアイヌ人は似ているが、遺伝子学上は全く違う異質の民族・人種です。

投稿: 遺伝子学者 | 2008年7月17日 (木) 17:43

>遺伝子学者さん
アイヌはイスラエル人ですか・・・

琉球人のルーツでそのような説はこれまで聞いたことがありませんが、今後の研究の進展によってそれが実証されるといいですね。

投稿: とらひこ | 2008年7月17日 (木) 17:54

うーん・・・。
あんまり沖縄がはっきり違うこともないんだと思うんだがなあ・・・。

四国に住んでる身としては、
大阪とか本州に出たときに、えらく違いを感じる。
向こうは髪の毛ゴワゴワして黒い人が多いし。
あと、四国も(たぶん本州も)内部でごっちゃごちゃだから、
他所ではお目にかかれない(知らないけど)みたいな人もいるよ?

それと、単純に、沖縄が独立しなかったのは、
現時点だと列強の属国(中国だと冗談抜きで民族浄化になるだろうね)状態になるのが確定的だからにすぎないと思う。
自分としては独立してもらって構わないけど、あとは知らないや・・・。

ついでに言うと、徳之島とか与那国とかの人は
琉球からも日本からも二重統治うけて苦しんでた歴史があるから、
沖縄人でも日本人でもないみたいなこと言ってるのを読んだことがある。

だから、沖縄というのは本島周辺のことさすのかなとか思う。
所詮は国という単位だよ、って思う。

なんで沖縄がそこまで違うとか思うのか分からない。
沖縄行ったことあるし現地の人も見てたけど、
大して違和感感じなかった。


・・・・・まあ、外人からみたらアジア人みんな同じに見えるだろうからどうでもいいんだけどね。

投稿: | 2008年8月28日 (木) 00:14

僕の記事をちゃんとお読みになられてのコメントなのでしょうか?共通するか異なるかという判断の基準は見た目などの単なる主観的な印象論ではなく、学問上での研究に基づいての評価を述べたつもりですが。記事の主旨は再度述べませんので、もう一度記事を丁寧にお読みください。

それと奄美や先島が二重統治?で苦しんだとのことですがどういう根拠でそうおっしゃってるのかよくわかりません。琉球王国が統治したことが大きな原因になってそのような状況が現出したことはありませんよ。そもそも先島は二重統治されたことなどありませんが。もう少し歴史の根拠に基づいたうえで自らの主張をしたほうがいいのではないでしょうか。

投稿: とらひこ | 2008年8月28日 (木) 00:24

>とらひこさん

今ほど、どうだったかなと思って調べて見てたのですが、
ネットで見る限り、自分のうろ覚えも入ってるのかもしれません。

しかし、宮古島が幕末あたり薩摩と琉球の双方に税金をとられたこともあった云々とかあったので
それを勘違いしたのかもしれませんね。
ttp://megmeg39.blog9.fc2.com/blog-entry-115.html

・・・・・・それにしても軍備がないとキツイものですね。
あっさりと後から来た薩摩に二重取りされてしまったみたいですし。


奄美もなんか、日本とも沖縄とも違うとかいう葛藤があったみたいですね。
ttp://app.m-cocolog.jp/t/typecast/98523/87956/53047089?page=1

与那国と徳之島(たぶんここも薩摩に二重統治されてたと思うんですが)は
独立国だったとかいうのは聞いたんですが。
なんにせよ、うろ覚えは良くない。
実にすまない。

投稿: | 2008年8月28日 (木) 01:21

ご自分でお調べいただいて恐縮です。

僕はこれまでブログで書いているように、先島や奄美が沖縄と全く同じで、最初から「琉球王国」であるべきだ、とは一言も書いていません。それはあくまでも歴史的な動きの結果にすぎないと考えています。

それと琉球に軍備がなかった事実はありません(当ブログ記事を参照のこと。http://okinawa-rekishi.cocolog-nifty.com/tora/2007/11/post_08c5.html)。琉球には相応の軍備はありましたが、薩摩が強すぎただけです。

今、こちらのブログのほうで「最新・琉球の歴史」という記事を書いていますが、よろしければそちらも参考にしていただければ思います。

http://okinawa-rekishi.cocolog-nifty.com/tora/2008/07/post_2e6d.html

投稿: とらひこ | 2008年9月 1日 (月) 22:32

アイヌ写真集を見ると体毛の多いアラブ系・色白の韓国系・
ある大横綱似のロシア系・ウイルタ系等の容姿風貌と様々な人種である事が一目瞭然です。

日本全国には古代からのアイヌ語の人名(熊襲・目子・オイドン)
地名(別府・筑紫・阿波・尻・登・湯・)
山(茶臼)・海川(津・泊・内)
他には鴨居(カムイ:神)たぬき(ムジナ)石(シュマ::島)平(ピラ:崖)水(ワッカ)など
枚挙にいとまがなく名残が現存しています。

西暦600年の「隋書」倭国伝には邪推靡(ヤマタイ)のアマヒミこと用明天皇は
自称『我夷人』ことアイナ(アイヌ)と語った記録があります。
また、継体天皇妃に‘目子郎女’メノコ(アイヌ語)イラツメが安閑・宣化天皇を誕生させております。
遣隋使の小野妹子こと中国名・蘇因高(ソインコ)とはアイヌ語「ソンコ・エムコ」大使の意。
小野妹子はアイヌ語と中国語の通訳使と思われます。
そして、息子に‘毛人’ケヒトがいます。

古事記の記載にイザナギ命とイザナミ命が美斗能麻具波比(ミトのまぐあい)こと性交して
大八島を誕生させています。
※美斗の美(み)は成女の女核の意。斗(と)は突起の男茎の意。

即ち、アイヌとは古代日本からの先住民族であり、渡来の朝鮮半島系の弥生人と同化しており、
現日本人のDNAに混血されている事は日本医学会の常識です。

2012年11月29日

喜一

投稿: 喜一 | 2012年11月29日 (木) 08:21

「宋史」日本国伝の書頭に倭国を「日本」と改名した記載がある。

「宋史」日本国伝より
訳『日本国は本(もと)の倭奴國(ウェイヌ国→アイヌ国))なり。 「自らその国日出ずる所に近き」を以て、故に日本を以て名となす。
あるいはいう、その名(倭國)を悪(にく)みこれを改むるなりと。
その地東西南北、各数千里なり。
西南は海に至り、東北隅は隔つるに大山(富士山)を以てす。 山外は即ち毛人(アイヌ民族)の国なり。』とある。

ウェイヌ国こと倭(委)奴國は「アイヌ国」からの語音表記であり、 富士山以東・北の狗奴國は、毛野国・毛人国であ り、 武蔵国・相模国・上野国(群馬県)・下野国(栃木県)そして常陸国も 含めた国を言う。

日本国伝の原文『自以其國近日所出』
訳『自らその国(常陸国)の日出ずる所に近い』との意。

投稿: 小林 須佐男 | 2012年12月13日 (木) 10:53

2012年11月1日の発表は、「アイヌ人≒≒沖縄人≒本土人」という事を言っています。つまりアイヌ人が遺伝的に本土人より沖縄人のほうが近いのはたしかだが、沖縄人は遺伝的にはアイヌ人より本土人のほうがかなり近く、『アイヌ人』と『沖縄&本土人』という区分けにするとイメージ的に分かりやすいかと思います。

現在の沖縄人のルーツは、10世紀頃に沖縄に流れ込んで来た本土人なので(てことはつまり現在の本土人のルーツでもある)、本土人と沖縄人が遺伝的にめちゃめちゃ近いのは当たり前ですが、問題は「古モンゴロイド度が高く保たれてきたアイヌ人(その理由は割愛)」と「弥生人の渡来で新モンゴロイド度が高くなった本土人が、平安時代以降に沖縄に住み着いて沖縄人化」が遺伝的になぜ近い部分があるのか?という事ですよね。
これは恐らく、後者の人々が沖縄に土着した後に、南方系の古モンゴロイドの人との交流で少しだけ古モンゴロイド度が高くなったからだろうと思われます。そもそも貝塚時代の先島諸島の土器は台湾系の特徴が強いそうですし(ちなみに台湾の先住民は古モンゴロイド)、地理的にそういう人達が沖縄に流れてきて混血が進むのは十分ありえる話だと思います。
モンゴロイドについて補足すると、まず古モンゴロイドしかいなかった時代、彼等はベーリング地峡を歩いて渡り、アメリカに進出してインディアンになったり、アジアの極東に住み着いて縄文人になったりします。彼等の一部は後に寒冷地域に適応して新モンゴロイドと呼ばれるようになったりするのですが、新モンゴロイドは数を増やして北のほうから徐々にアジアを支配していき、それに対して古モンゴロイドは南下して熱帯地域に適応し、ポリネシア人になったりします。つまり北=新モンゴロイド、南=古モンゴロイドという大まかな区分に分ける事ができます。
アイヌは新モンゴロイドが誕生する前の古モンゴロイドの血が濃いわけですが、古モンゴロイドが南下しようがしまいが古モンゴロイドには変わりないので、その遺伝子が増えるという事はアイヌに遺伝的に近くなるのと同じ事なのです。

ちなみに自分はここ二、三日、モンゴロイドに興味を持って色々調べているうちにこのブログに辿り付きました。
完全にど素人の門外漢が自分なりにネットで情報を集めて出した結論なので、間違っていたらすいません。

投稿:   | 2013年6月21日 (金) 09:41

>名無しさん

いろいろとご教示ありがとうございます。

>アイヌ人が遺伝的に本土人より沖縄人のほうが近いのはたしかだが、沖縄人は遺伝的にはアイヌ人より本土人のほうがかなり近く、『アイヌ人』と『沖縄&本土人』という区分けにするとイメージ的に分かりやすい

おっしゃるようなことだと僕も思います。

先島のルーツは文化的にも台湾・東南アジア系なのは間違いないですが、12世紀頃までは沖縄本島・奄美以北とは交通が断絶していて文化的な交流はほぼないことがわかっています。その後も大規模な人口移動などは確認されていないので、そのあたりをどう考えるかが課題かもしれません。

このあたりは遺伝のほかにも他分野を含め新発見や新知見が出てくるのを期待したいですね。

投稿: とらひこ | 2013年6月22日 (土) 12:50

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/98518/9182205

この記事へのトラックバック一覧です: 沖縄人=アイヌ人=縄文人??:

« 「万国津梁の鐘」の真実 | トップページ | 尚家国宝の裏話 »