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2006年3月31日 (金)

船旅ナイトフィーバー

大小50以上の島からなる琉球は、船で旅に出かける姿が日常的な光景でした。しかし当時の船は風をたよりに目的地に向かう帆船の旅。現代のように天気予報もなかった時代、いつ風向きが変わり暴風雨に見舞われるかわからず、非常な危険をともないました。当時の言葉に「唐旅」という言葉がありますが、これは「中国への旅」というだけでなく「死ぬ」ということも意味していました。遠い中国への船旅は“死出の旅”と同じと考えられていたからです。

それでは、公務で船旅に出かける人々は“死出の旅”にあたり、どのような行動をとったのでしょうか。生きて帰ってこれるかどうかは、ただ運だけにかかっていました。人の力でどうにもできない運命を決めるのは神さましかいません。よって旅立ちの前には霊験あらたかな航海安全の神さまに祈りをささげたのです。琉球で祈願の対象となった航海安全の神は、まず天妃(媽祖・まそ)があげられます。この天妃はもともと中国の女性の神で、東アジアから東南アジアにかけて広まっていました。琉球へは久米村の中国人がもちこんだといわれています。そのほかは観音さまやフナダマ(船霊)、そして琉球の聞得大君も航海安全の神さまと考えられていました。

神さまへの祈りは船出する本人だけではなく、無事を願う親類も必死に旅の安全を祈っていました。親類はウタキや寺院・神社にお参りし、さらに親類一同集まって床を足で踏みながら歌い踊る儀式などを行いました。本人が旅に出た後も、留守家族や親類の女性が集まって、徹夜で「旅クェーナ」と呼ばれる神歌を歌いながら踊りまくるのが恒例だったようです。女性が歌うのは沖縄の「オナリ神信仰」という親族の女性の霊力が男性を守護するという信仰からきています。近世(江戸時代)の王府は儒教的な考えからみてあまりに非合理すぎるということで、沖縄古来から続く夜間の旅踊りを禁止したようですが、旅踊りの風習は以後も続いたようです。

三司官だった伊江親方朝睦(いえ・うぇーかた・ちょうぼく)の例をみてみましょう。1812年、彼の息子朝安がヤマトに出張した際、帰国の日が近づくにつれ無事の帰りを願う伊江親方の祈りは激しさを増していきます。親戚一同で首里の弁ヶ嶽や普天間宮にお参りするだけでなく、帰宅後はご馳走を出し、さらに三線・鼓(つづみ)を鳴らして旅踊りや歌、狂言など、連日舞えや歌えやの大騒ぎ。一見遊んでいるようですが、当人たちはいたって大マジメです。「息子よ、無事に帰って来い!」という思いをこめて、みな必死に踊りまくっていました。伊江親方は当時81才。彼は老体にムチ打って息子が無事に帰るよう「努力」したのです。

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伊江親方の必死のドンチャン騒ぎが功を奏したのでしょうか。息子はついにヤマトから戻ってきます。彼は親戚一同で那覇港へ向かい、感動の再会を果たします。しかし、ここでメデタシ、メデタシではありません。無事帰国した後、伊江親方はさらにウタキや寺社にちゃんと感謝の祈りをささげに行きます。帰ってきたら知らんぷり、「困った時の神頼み」ではいけないのです。

参考文献:真栄平房昭「近世琉球における航海と信仰」(『沖縄文化』77号)

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コメント

>しかし、ここでメデタシ、メデタシではありません。

一瞬、踊りすぎて死んでしまったのかと思いました(笑)
ハッピーエンドでよかったです。

この伊江親方って、日記が残っている伊江親方と同じ人ですか?(読んだことはないのですが)

投稿: 茶太郎 | 2006年4月 1日 (土) 13:32

>茶太郎さん

伊江親方はあの日記を書いてる伊江さんと同一人物です。

伊江親方はこの日記のほかにも、たしか息子の嫁さんが病気を患った時の看病日記もつけています。かなり筆まめな人だったようですね。

投稿: とらひこ | 2006年4月 2日 (日) 09:19

今から6年前の書き込みにレスするのは、遅すぎるのかもしれませんが。現在、私は首里で定期的にクェーナの練習をしています。
たしかに別名踊合(うどぅえー)だし、所作もあるにはあるのですが、現在のダンスのような激しい踊りはそんなにないですよ〜。
旅の安全を祈る歌の動きは、円を描いて廻るものが多く、
所作一つ一つにも、船が無事に戻ってくるよう、祈りが込められています。それだけに無事帰ってきたときの唐船ドーイの爆発的な喜びの大きさが偲ばれます。

投稿: MAKI | 2012年5月23日 (水) 23:43

>MAKIさん
昔の記事でも全然大丈夫ですよー。

旅クェーナのご教示、ありがとうございます。

実際に踊ってみて、昔の人の気持ちに近づけるかもしれませんね。

投稿: とらひこ | 2012年5月24日 (木) 00:05

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