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2005年11月29日 (火)

オランダの旗を掲げていた琉球船

対外世界と活発に貿易をしていた琉球王国は、当然のことながらたくさんの船を所有していました。琉球の船は中国でつくられたものと同じ形の「ジャンク船」と呼ばれる船でした。この琉球船にはオランダの旗が掲げられていたことはご存じでしょうか。琉球船を描いた絵図にはオランダの旗と見られる三色旗が描かれたものがあります。なぜ琉球船はオランダの旗をかかげていたのでしょうか。

その理由は琉球が1609年島津氏に征服され、日本の幕藩制国家の傘下に入ったことにあります。江戸時代、オランダは長崎の出島に商館を置き、西洋諸国のなかで日本との貿易を唯一許された国でした。貿易とはいいますが、この時期のオランダは自分たちの貿易以外に、敵対する船を襲って積荷を強奪することが重要な任務でした。つまり味方以外の船に海賊行為を行うことも仕事だったのです。オランダはイギリスと手を組んでスペイン・ポルトガル、中国船を襲って次々に積荷を奪いました。例えば日本から東南アジアに向かうあるオランダ船の積荷は90パーセントが海賊行為で奪った品だったといいます。

海賊にひとしいオランダ船が行きかう中で、琉球船も同じ海域を航海しなくてはなりませんでした。中国船と同じ形の琉球船は彼らに見つかれば襲われてしまうかもしれません。そこで琉球船はオランダの敵ではないと示すためにオランダの旗とオランダ商館が発行した通航許可証を持って貿易に出かけたのです。これらは当時琉球を征服していた薩摩藩を仲介して長崎のオランダ商館から手に入れました。

徳川幕府もオランダに琉球船を襲うことを禁止する通達を出していました。江戸城に赴いたオランダ商館長は将軍にお目通りをした後、老中から通訳を介して「琉球は日本に従う国なので襲ってはならない」という通達を読み聞かされました。このお達しは実際に効果を発揮したようで、琉球船がオランダ船に襲われた記録は全くありません。海上で琉球船とオランダ船が遭遇した場合、オランダ船はオランダの旗をかかげられている船を見て「これは琉球船だな」と確認して素通りしたのでしょう。琉球船のオランダの旗は一種の通航許可証として使われていたわけです。

参考文献:真栄平房昭「17世紀の東アジアにおける海賊問題と琉球」(『経済史研究』4号)

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コメント

 とらひこ、元気ですか?今日は母さんから歴史の書き込みがあることを教えてもらい、開きました。えらいなあ!
 本がでるそうですが、健康には十分気をつけてください。これから寒くなるし、とらの家族はこんつめるたちだから。

投稿: とらひこの祖母 | 2005年11月29日 (火) 17:24

わざわざコメントありがとうございます。体に気をつけてがんばります。

投稿: とらひこ | 2005年11月30日 (水) 08:27

はじめまして。
リンクを辿ってやって参りました。
見れば、私よりお若いのに、知的で興味深いブログです。
ブログリストに加えさせて頂いて、学ばせて頂こうと思います。
宜しくお願い致します<(_ _)>

沖縄御出身でいらっしゃるのでしょうか?

投稿: 笛木のり | 2005年12月 2日 (金) 22:50

>笛木のりさん

訪問&ブログリスト登録ありがとうございます。

僕は沖縄出身です。でもまだまだ知らない沖縄歴史のおもしろいことがたくさんあると思います。僕も勉強しながらブログを書きすすめています。

もしご要望があればできる範囲でおこたえしたいと思っています。

今後もどうぞよろしくお願いします。

投稿: | 2005年12月 4日 (日) 02:23

すみません。下のコメント名前を入れ忘れました。

投稿: とらひこ | 2005年12月 4日 (日) 11:25

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