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2005年6月 3日 (金)

中グスクの穴~ディープなグスク紀行~

世界遺産のひとつ、中城(ナカグスク)城は15世紀頃の護佐丸(ごさまる)の居城として知られていて沖縄観光で訪れる方も多いと思います。グスクのなかでも保存状態が良く、当時の姿をほぼそのまま残している貴重なグスクです。今回はとらひこによるマニアックな中城案内です。

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写真は中城の正門です。現在使われている公園入口から城へ入る最初のアーチ門は、実は裏門なんですね。この正門は石垣の上に建物をのせた形式で、首里城の瑞泉門や漏刻門と同じようなものだったと考えられています。

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ここから右の階段をのぼり「一の郭」へ向けて行く途中の「南の郭」に不思議なものがあります。それが石垣に開いている穴です。穴は南に向けて3つ開いています。おそらく気づいた方はそんなにいないのではないでしょうか。

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正門前の張り出した石垣にもひとつ、穴があります。僕が確認したところ、城全体で5つありました。これらの穴は、日本の城にも見られる銃眼(鉄砲や矢を撃つための穴)だと考えられています。前回書いた鉄砲の弾も穴付近から発見されています。中城でも敵が攻めてきた時に鉄砲を使ったのでしょうか。しかし城壁の限られた部分にしかないこと、矢や鉄砲で狙いを定めるには石垣がぶ厚くて難しいことから、実用的なものだったのか疑問もあります。

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そして最後にもうひとつ。「北の郭」の外側。石垣の根元に穴がありました。これは排水口ですね。金属の管はおそらく復帰前の公園時代に通されたものでしょう。グスクというと石垣の美しさが強調されていますが、その美しさは土地を造成したり、城に水がたまって崩れないようにしたりと、ハイレベルな土木技術があってはじめて成り立つわけです。600年前にこれだけのグスクを築いた技術者の存在も忘れてはならないでしょう。

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コメント

こんばんは。
これまでの記事もさることながら、今回の記事、とても気に入りました。
思わず、勢いで記事を書かせていただきました。
5つの銃眼に1つの排水口、それから統治時代の金属管。
銃眼の役割には、疑問もアリ・・・うーむ。

ディープ&マニアック、どんどん期待しております!

投稿: 源内/沖縄・八重山探偵団 | 2005年6月 4日 (土) 20:13

前略
2001年暮 中城城跡へ行きました。 もしご存知でしたら
教えてください。 一の郭を見た後、二の郭の所でなんだか
むしょうに悲しくなって、 涙がボロボロでてとまりませんでした。 予備知識もなく行った場所ですが、 とても不思議な
出来事だったもので、 心にひっかかったままです。
でも 今、 沖縄は 好きな場所のひとつです。 
東京生まれで 沖縄とは何の縁もない私でしたが・・・
白塗りの顔をした お下げ髪の若い女性って、 当時あそこに いましたか?

投稿: 片山恵美子 | 2005年7月 1日 (金) 22:58

片山恵美子さま

そのような人物がいたかどうかは僕のほうでは把握していません。ただグスク内にはいくつかの聖地があり、その場所で神女(シャーマン)が祈りをささげていたことは確かだと思います。2の郭にもたしか聖地があったと思います。また中城は戦前にたしか村役場、戦後は公園として使用されていました。つまりグスクが城塞として使用されなくなった後も廃墟になったのではなく、現在まで積み重ねられた歴史があるわけです。よって、どの時代の誰かを特定するのは難しいと思います。お役に立てなくてすみません。

投稿: とらひこ | 2005年7月 3日 (日) 21:12

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ぼくが「てぃーだ」にやって来る前から、ネット上でおつきあいさせてもらっているとらひこさんの「目からウロコの琉球・沖縄史」。いつも楽しく読んでいるのだけれど、とりわけ今回の [続きを読む]

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