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2005年5月22日 (日)

沖縄に追放されたモンゴル皇帝の末裔

沖縄の歴史には一般に知られていない、驚くべき事実がけっこうあります。今回はそのひとつを紹介しましょう。

13世紀頃にユーラシア大陸を席巻した史上最大の帝国・モンゴル帝国のうち、クビライが建てた大元ウルス(ウルスはモンゴル語で国)は1368年、明の朱元璋によって滅ぼされます。その時、明は元朝皇帝の次男と妃・娘を生け捕りにしましたが、彼らが沖縄に追放された事実はあまり知られていません。

元朝皇帝の次男の名前は「地保奴(ティポヌ)」。元朝17代天元帝(ウスハル・ハーン)の次男です。捕らえられた地保奴らは当時の首都であった南京に送られます。明皇帝の太祖は元がかつて良い政治も行ったことを考えて、その子孫である地保奴を殺すことは止めました。しかし国内においておくのもどんなものだろうかということで、多くの資財を与えて琉球に送った、と明朝の記録『明実録』にあります。

『明実録』の記事は単なる伝承などではなく、当時の出来事を正確に記録したものですから、元朝皇帝次男の琉球への追放はほぼまちがいない事実と考えられます。地保奴がその後どうなったのかは不明です。沖縄の華僑である久米村にも彼らに関する情報は残されていません。おそらく地保奴は家族とともに、故郷から遠く離れた南海の地でのんびり暮らしたことでしょう。

現在、沖縄に住む人のなかに、史上最大の帝国をつくったチンギス・カンの血をひく人がいるかもしれません。今となっては確かめようもありませんが…

参考文献:田名真之『近世沖縄の素顔』ひるぎ社

追記:地保奴が流された「琉球」とは沖縄のことではなく、台湾であるとの意見もあるようですが、コメント欄でも書いたように、僕が沖縄だと判断した理由は以下の通りです。

まず、根拠となる史料で、当時のリアルタイムの状況に最も近い『明実録』のなかでの沖縄と台湾の表現が異なること。『明実録』中で台湾のことを記す場合には「琉球」ではなく「小琉球」との表記がされています。つまり沖縄と台湾を書き分けているのです。

地保奴が流された地として表記されているのは「琉球」。つまり『明実録』の表記法で考えれば、台湾の場合、これが「小琉球」となるはずで、実録に登場する「琉球」は沖縄を指している可能性が高いといえます。

ただこれもあくまでも可能性であって、地保奴が流された地は新たな史料がないかぎり、間違いなくここだとはいえないのが現状です。

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コメント

初めまして、弓木といいます。
これは面白い話ですね! 「琉球史」の本も何冊か読んだけれど、このことは初めて知りました。沖縄側には彼の消息はないのですかね? 昔は台湾島は「小琉球」と呼ばれていたらしいけれど、そっちに流れてった…なんてことはないんでしょうか?
僕の故郷は宮崎ですが、宮崎でも「男は怠け者、野良仕事は女」みたいな気風があります。特に南の方がそう。また宮崎でも「てげ」「てげてげ」はよく使う日常語です。

投稿: 弓木 | 2005年5月22日 (日) 23:47

コメントありがとうございます。

残念ながら地保奴のその後の消息については、現在のところ確認できていません。おそらく当時の中山王・察度の居城であった浦添城下あたりに住んでいたのかなと推測してます。中国皇帝の財政的な援助をもらった上で沖縄に来たので、不自由な生活はしていなかったと思います。当時の琉球と台湾はほとんど交流がなかったので、そのまま沖縄にいて土着したのではないでしょうか。

沖縄の「テーゲー」は宮崎の「テゲテゲ」から来たんでしょうかね。
気質も似ていて、おもしろいですね。

投稿: とらひこ | 2005年5月23日 (月) 02:43

大きな問題ですね。これはへたに口出しできないぞと思い、乗り遅れました。・・・
手近な資料の範囲でも、九州一円に「てえげえ」は分布しているようです。辞書は「大概」の訛りだと説明しますが、ではなぜそのように転訛してよい東北などにもっと明確に分布していないのか?・・・確かに「大概」→「てげてげ」はあり得ないのではないかと、興味深く書き込み読ませていただきました。
14世紀の台湾は「化外の地」であり(それゆえに流したとも考えられますが。ではなぜ資財を与えたかが疑問です)、やはり琉球で間違いないのでしょうね。

琉球国王の公印にモンゴル文字が刻まれていること、ふと思い出しました。

投稿: 源内探偵団 | 2005年5月24日 (火) 22:12

「テーゲー」は九州・沖縄地域に広まっているわけですね。どのような経緯で広がったのか謎だ…琉球の史料中には「大形」と出てきて、それを「テーゲー」と読んでいます。鹿児島から伝わったのでしょうか?

『明実録』中の「琉球」が沖縄か台湾かとの問題ですが、僕が見た範囲では台湾の場合だと「小琉球」と表記されていますので、やはり沖縄でいいように思います。

投稿: とらひこ | 2005年5月25日 (水) 23:20

初めまして!沖縄・八重山探偵団のリンクから飛んできました、沖縄・八重山探偵団の助手の龍源蔵山亭敏照と申します。この記事に感動して、参考文献を先ほど予約してまいりました(笑)モンゴル皇帝の子孫が沖縄にいるなんてロマンですね。22日~25日まで教授(師匠)と沖縄へ行きます。機会があればお会いしましょう(^ー^)ノ

投稿: 龍源蔵山亭敏照 | 2005年6月11日 (土) 13:17

龍源蔵山亭敏照さん
コメントどうもです。参考文献にはこの記事のことは
少ししか書いてありませんが、大丈夫でしょうか(汗)

沖縄に来られるんですね!
実は今、僕はゆえあって沖縄にいないのです…

そろそろ沖縄も梅雨明けでしょう。
沖縄に行くにはいい時期かもしれませんね。
いろいろ沖縄を楽しみ、感じてくださいね。

投稿: とらひこ | 2005年6月11日 (土) 22:19

モンゴルの…って、ウチに代々伝わる話と類似しています!人数や王族の家系で監視下にあったとか…偶然かな?

投稿: 太郎さん | 2009年1月 5日 (月) 05:26

>太郎さん
それはひょっとするとひょっとするかもしれません。

何か代々伝わっている家宝で、漢字ではない不思議な文字が刻まれた印鑑などがあればもしかして・・・

投稿: とらひこ | 2009年1月 5日 (月) 20:01

初めまして、現在自分のFBで「沖縄と中国人観光客」シリーズを書いております。
自分のルーツ探しをしとところ、DNA検査で「モンゴル」から来たらしい(大陸型)が分かりました。

この内容をFBに転載させて下さい。宜しくお願いします。

投稿: Taiki George | 2017年5月 6日 (土) 09:10

>Taiki Georgeさん

当ブログに訪問ありがとうございます。

とくに許可は不要ですので、FBにて紹介していただければと思います。

投稿: とらひこ | 2017年5月 6日 (土) 10:10

はじめまして、
沖縄に嫁いだモンゴル人です。
沖縄とモンゴルにこんな繋がり あったんですね。
なんか嬉しいです。
今月 モンゴルに二週間ほど帰ります。
いいお土産 頂きました。ありがとうございました。

投稿: ブルテ | 2017年7月 9日 (日) 18:55

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